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スタンド・アップ・アンド・ファイト 『スプライトシュピーゲル IV テンペスト』

スプライトシュピーゲル IV テンペスト冲方 丁
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物語はいよいよ佳境へ突入する。
鳳(アゲハ)、乙(ツバメ)、雛(ヒビナ)の3人は、とある戦犯法廷に立つ被告と7人の証人を護衛する任務についた。証人は知恵と勇気をもち、世界的な財力や影響力をふるえる、世界の7賢人ともいえる人々。彼らこそ世界を正しく導けると、少女たちは大いに感銘をうける。しかし狡猾にして強大な敵は、MSSの行動を常に先んじて、証人を1人また1人と殺害していく。

同じ頃、最新鋭戦闘機のパイロットが中国から亡命を求めて飛んできた。
国際空港を襲撃するテロ組織も現われ、国際空港の事件と国連都市の事件が1つにつながっていく。MSS(スプライトシュピーゲル)とMPB(オイレンシュピーゲル)の小隊長どうしの電話での情報交換、終盤での協力作戦など、2つの小説の主人公たちが密接に関わり、巨大な悪意に対抗する。

2つの物語は、つまるところ、人生/社会/家族/身体を奪われた少女たちが身体を取り戻すプロセスである。ある少女は四肢を焼かれて石くれになった。ある少女は治療を拒む両親に拘束され、腐った体で這って家を脱出してきた。ある少女は飛行機テロで身体と両親を引き裂かれ、別の少女は爆破テロに巻き込まれた。いずれの少女も、機械の身体を得るまでの間に、あらゆる物を一方的に奪われている。
「これが、あたくしなのです。自分の意志だけでは身動きすら取れない、かつて人間だった石くれが、あたくしなのです」
 ふいに冬真は、鳳の存在を通して、底知れない暗闇を見た気がした。どんな幸福も勇気も優しさも喜びも呑み込む真っ暗な淵――
「かつて炎が、あたくしの手を、足を、目を、耳を、鼻を、舌を奪いました。醜く焼け焦げた肉のかたまりを彫刻家が石を彫るように最適な形に整えたものが、あたくしです」

彼女たちの秘密はまだ明かされていないが、ここまで読んでくれば、おぼろげにわかる事もある。1つ間違えれば、彼女たちこそが悪意の先兵、最悪の人型テロリズム兵器になっていたのだろう。しかしそれは防がれた。悪意にとってのささやかな例外、絶望にとっての奇跡的なエラー、それを希望というのだ。すなわち、希望の出自は絶望であり、善意の出自は悪意なのだ。

この巻のなかで、7人の証人と少女たちは、各国の首脳になって政策を決めるテーブルトーク・ボードゲームをプレイする。それは過酷な現実を教えてくれる。他国も自国のように豊かになってほしいという善意が他国を摩耗させる悪意になり、秩序を守る行動が戦争の引き金になる。人類にとって最大の困難は、世界の複雑さだ。国は多く、人はあまりに多く、一方の善意は他方の悪意と同一である。

悪い国家も、悪い奴もどこにも居ないにもかかわらず、世界には憎悪と悪意が回り続ける。世界の複雑性ゆえに。それはあまりに厳しい現実である。人類はいまだ解決できないし、見込みも無い。ゆえに多くの物語作家は、ライトノベル作家は、世界の複雑さという絶望をどう描くか、迫られる。そのまま描けば、そこには物語は成立しない。かといって、今時の若者がわかりやすいメタファーで納得するだろうか。

魔王も、宇宙意志も、悪の組織も、もはやパロディのパロディ、メタの上のメタの上のメタにしか存在し得なくなった。救済の物語は、複雑怪奇なプロセスを経るようになり、消費されるたびに薄っぺらくなっていく。現代において、作家の善意/悪意は、不可分となった正義と悪、善意と悪意を描ききることに見出されるのかもしれない。

むろん、物語として、エンターテインメントとして、わかりやすい悪のメタファーは必要だ。善意と悪意の不可分さを真正面から書ききったうえで、悪意を克服する物語を書ききる。そのギリギリのせめぎ合いを全力全開で描ききれる希有な作家が冲方 丁である。

それにしても、この作品に登場する大人たちはどいつもこいつもカッコ良すぎる。この巻から登場するFBIの捜査官ハロルドは、浦沢直樹に作品化してほしい程だ。7人の証人の1人として、犯人から命を狙われているにもかかわらず、自らの足で1つ1つ手がかりを拾い歩き、連続殺人の犯人を追い詰めていく。正義や捜査官を体現したような男であり、最高にシビれるアメリカ野郎である。
「ダメだ。立て」
 ひっぱたかれたようなショック――思わず顔を上げ、涙で濡れた顔をさらした。
「私の国では、負け犬の定義は厳密だ。自分は敗北にしか値しないと思い込んだ、正真正銘の敗者だ。人生の真の敵である徒労感を克服できず、打ちのめされた人間だ。そういう、ある意味で正しい挫折をした者を、さらに打ちのめしてくれるありがたい文句がある。立ち上がって戦え――君の場合は、飛び立って戦えがふさわしい」



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