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SFはメタゲーム 『リピート』

リピート乾 くるみ

SFの名作『リプレイ』+ミステリの古典『そして誰もいなくなった』=乾くるみ『リピート』
宣伝文句がやや大げさな気もするが、SF的なルールとミステリの仕掛けを組み合わせた良質な作品なのは間違いない。

平凡な大学生、毛利圭介のもとへ一本の電話が掛かってきた。その内容は1時間後の地震を予知するもので、とても信じられなかったが……本当に起こってしまった。再び掛かってきた電話の主は未来から過去へ戻ってきたと語り、毛利を一緒に過去へ戻るメンバーに誘ってきた。

詐欺を疑いながらも、普通の日常に退屈していた毛利は、電話の男の誘いに乗ってみることにした。現在の記憶を持ったまま、意識だけが10ヶ月前の自分に戻れる「リピート」の旅。そのツアーに参加したのは毛利をふくめて10人の男女。
しかし「リピート」に成功した彼らは1人、また1人と不審な死を遂げていく。


おなじく新本格ミステリの西澤保彦『七回死んだ男』と比べると、ロジックゲームとしてはかなり劣るが、リプレイしている人間の独特の心理を描き出した点は秀逸。普通の小説なら、リプレイした人間が第2の人生をどうやり直すかに焦点が当たる。しかしこの小説の中で、最も価値ある事として争われるのは、やり直した人生そのものではない。

たしかにユニークな着眼点で、海外SFに詳しくない僕にはわからないが、ゲーム感覚の浸透した日本ならではのセンスといえそうだ。解説で大森望が『All You Need Is Kill』『ひぐらしのなく頃に』といった作品を例に挙げているが、SF的設定をメタゲーム的な視点で読み解くのが00年代の特徴なのかもしれない。

『ウィザードリィ』にターボファイルが付いた時、死(→灰→ロスト)は意味を変え、不死が誕生した。存在自体がゲームのルールに違反していると言えなくもないが、当時手を出したプレイヤーは少なくあるまい。ファミコンゲーマーなら、実体験として知っているとおり、やり直し可能は不死として解釈できる。

しかし実の所、この種のリプレイを「永遠の煉獄」として解釈する作品が非常に多い。『All You Need Is Kill』はその典型例だし、『ひぐらしのなく頃に』は苦痛としての永遠と無限の可能性の両方を提示してみせた。『リピート』がどう描いているかは読者の目で確かめてほしい。

メタゲーム的視点でSFを再構築する、あるいはメタゲーム的構造をSF的に解釈しなおすという試みは、まだまだ可能性を秘めていると思う。

興味をもった読者に1つ注意を促すなら、乾くるみは後味の悪い作品が多く、本作も例外ではない。『School Days』に比べれば、はるかにマイルドではあるが。

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