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これぞ公式ファンブックの手本 『まぶらほ 〜凛の巻〜』
まぶらほ 〜凛の巻〜(築地俊彦)

うちのブログで『まぶらほ』を取り上げる回数は意外と多い。なにしろこれで4回目だ。
しかし長いこと続いているシリーズ(現在23冊)なので、なかなか新規読者が入りにくい。正直取り上げてもあまり売れない。人気が無いのではなく、既存のファンはアマゾンで買うまでもなく、すぐに買っているのだろう。紹介しても新しい読者を増やせないのは残念だが、それでもいい。
じゃあ、そんなに気に入ってるのか?
と問われると、いや別に……。
あっても無くても困らないし、たぶん読めなくなっても何の痛みもないと思う。
少なくとも、主題歌を「国歌」とまで主張するファンのいる『AIR』のような痛みは無いし、完結に向かいつつある『フルメタルパニック』の続きが読めなくなるようなダメージも無い。
ひどい言い草だが、まったくの本音だ。
この作品が読めなくなったら、「俺はもう死ぬ!」と叫びたくなるような類の本ではないのだ。
『水戸黄門』が観られなくなっても困らないのと一緒である。しかし『水戸黄門』が放送されない日本は少し寂しい。きっと多くの人が無意識にチャンネルをあわせて、あれ? と首をかしげることだろう。おかしい……何か物足りない……。
禁断症状は出ないかもしれないが。
さてこの本は、メインヒロインの夕菜をぶっちぎりで引き離して、人気トップの座をキープし続けている神城凛を主役にした特別編である。人気があるからといって、そのキャラのためだけに本1冊書き下ろすあたり、さすが人気至上主義の『まぶらほ』である。
他の例も挙げよう。本来1回のみの使い捨てキャラだったはずの山瀬千早が、書下ろし短編に何度も登場し、やがて5人目の「攻略キャラ」に昇格してしまう。人気さえあれば何でもあり、が『まぶらほ』における作品と作者と読者の正義である。
むろん作者にまったく葛藤が無かったとは思わない。
しかし良い意味で「軽薄」な判断ができるのが築地俊彦の非凡な所である。読者の反応を見て結末を変えるケータイ小説にだって負けてない。「軽薄」けっこう。もしそれがいけないというなら、そもそも「ライト」ノベルの「ライト」はどんな意味なのだろうか?
軽薄小説。最高の誉め言葉じゃないか。
本書に収められた中篇3本のうち、第1話と第3話は退魔師として活躍する凛を描いたもので、名前のとおり凛とした彼女の様子を見られる。しかしファンにとっての楽しみはやはり第2話だろう。何故なら、そこに読者自身がいるからだ。どういう意味かは自分の目で確かめてみてほしい。この本のオビはまったく嘘偽りが無い。
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じゃあ、そんなに気に入ってるのか?
と問われると、いや別に……。
あっても無くても困らないし、たぶん読めなくなっても何の痛みもないと思う。
少なくとも、主題歌を「国歌」とまで主張するファンのいる『AIR』のような痛みは無いし、完結に向かいつつある『フルメタルパニック』の続きが読めなくなるようなダメージも無い。
ひどい言い草だが、まったくの本音だ。
この作品が読めなくなったら、「俺はもう死ぬ!」と叫びたくなるような類の本ではないのだ。
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禁断症状は出ないかもしれないが。
さてこの本は、メインヒロインの夕菜をぶっちぎりで引き離して、人気トップの座をキープし続けている神城凛を主役にした特別編である。人気があるからといって、そのキャラのためだけに本1冊書き下ろすあたり、さすが人気至上主義の『まぶらほ』である。
他の例も挙げよう。本来1回のみの使い捨てキャラだったはずの山瀬千早が、書下ろし短編に何度も登場し、やがて5人目の「攻略キャラ」に昇格してしまう。人気さえあれば何でもあり、が『まぶらほ』における作品と作者と読者の正義である。
むろん作者にまったく葛藤が無かったとは思わない。
しかし良い意味で「軽薄」な判断ができるのが築地俊彦の非凡な所である。読者の反応を見て結末を変えるケータイ小説にだって負けてない。「軽薄」けっこう。もしそれがいけないというなら、そもそも「ライト」ノベルの「ライト」はどんな意味なのだろうか?
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