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書評について
最近「書評」についての言説をWeb上でよく見かけますね。
ちょっと網羅しきれないぐらいあるんで、一部を挙げます。一応大まかな時系列に並べたつもり。
この一連の話、発端はm_tamasakaさんのエントリーです。
まぁ大きなサイトになれば、作家本人に読まれる確率は増えるし、実際に作家からメールが届くこともありますよね。ただ、そういうことを意識しすぎてしまうと、そもそも何のために文章を書いているかを見失ってしまうんじゃないかなあ。
これって本だから、そういう風に考えるのかな?
ゲームの場合、みんな、好きに書いてるように思うし、制作者が読むことを期待してないように見えるんですよね。クロスレビュー文化の影響で、お買い物ガイドとしてレビューが機能してきたせいかもしれないけど。
書評サイトの中には、下手すると、駆け出しの作家よりも多くの読者を抱えているところもあるでしょう。お金を取っているわけではないから、単純比較はできませんけど、多数の読者を抱えている一表現者として、変に遠慮する必要は無いわけで。
作家にとってあなたがone of themであるように、あなたにとって作家はone of themでしょう。ああ、それとも、この問題は・・・・自分が作家にとっての特別なoneである(でありたい)という心理の裏返しなんでしょうか? そういうクネクネダンスなのか?
ゲームには「クソゲー」と一言で切って捨てられる素晴らしい文化があって、そこには制作者とプレイヤーの間に正体不明のコネクションは無いし、そんな関係をまったく期待しないという潔さがありますよね。本の場合、「クソ本」とバッサリ切っちゃいけないかのような錯覚があるのかもなあ。
誤読されるとイヤなので、もう少し書くと、別にボクは酷評すべきというつもりもないし、逆に誉めるだけにしなさいというつもりもありません。それは書く人の自由です。ただ、作家同様、ブロガーも読者を抱えていて、読者が増えるリターンと減るリスクがあります。そこは忘れない方がいいと思います。
酷評記事を書くことで、読者に嫌われてしまい、読者数を減らすリスクがある一方で、誉めるばかりで信頼を失い、読者数を減らすリスクもあります。その判断は書き手自身が負うことになります。ちなみにボク自身は、いつも誉めるだけのブログを読んでも、本を買おうと思いません。なので、このブログでも酷評はしませんけど、いつも誉めるだけのファンサイト的な書評も書きません。
ボクが尊敬する書評ブログ404 Blog Not Foundのdankogai氏は献本された本でも、誉める時と批判する時があります。著者に痛烈な批判をする事もしばしば。だからといって、dankogai氏への献本は減っているようには見えません。
またボクもゲームソフトをもらうことがありますけど、いい所はいいと書きますし、悪い所は悪いと書きます。幸い、そんなことで怒り狂うような、器の小さなゲーム制作者にお目にかかった事はありません。
結局、その人が表現者として確立されてくれば、献本だの何だのは後からついてくるわけで、そんな事よりも大切なのは自分の文章を読んで、どれだけ多くの人を共感させられるか、心を動かせるか、だと思います。
ちょっと網羅しきれないぐらいあるんで、一部を挙げます。一応大まかな時系列に並べたつもり。
- ラノ漫:書評サイトに対する作り手側の視線
- 404 Blog Not Found:blog書評のためのクソ本対策
- ラノ漫:「ダメ書評」に対するマンガ編集者の視線
- NaokiTakahashiの日記:メンタル弱い作家もいるんだからさあ、とか思った。
- NaokiTakahashiの日記:もったいない
- 60坪書店日記:意見をかわすより「ありがとう」って言えばいいと思うよ。
- REVの日記 @はてな:作品に感じた感想を公表すること
この一連の話、発端はm_tamasakaさんのエントリーです。
第1回目のお題は「作家や編集者は書評サイトをどう思っているのか」。この質問は書評サイトの管理人さんがたにかなり聞かれたので、非常に印象に残っています。みなさん本が好きだから書評サイトを運営しているわけで、その本の作り手である作家や編集者がどう思っているのかがかなり気になっているようでした。で、ボクが不思議なのは、書評や感想を書いている人がどうして作家や編集者のことを気にしてるの? まったく理解できなかった。あなたが書いた文章は、あなたの読者(数人、数十人、数百人、数千人、数万人、数十万人)のために書いたもので、作家と編集者の2人のために書いたファンレターじゃないでしょう。
まぁ大きなサイトになれば、作家本人に読まれる確率は増えるし、実際に作家からメールが届くこともありますよね。ただ、そういうことを意識しすぎてしまうと、そもそも何のために文章を書いているかを見失ってしまうんじゃないかなあ。
これって本だから、そういう風に考えるのかな?
ゲームの場合、みんな、好きに書いてるように思うし、制作者が読むことを期待してないように見えるんですよね。クロスレビュー文化の影響で、お買い物ガイドとしてレビューが機能してきたせいかもしれないけど。
書評サイトの中には、下手すると、駆け出しの作家よりも多くの読者を抱えているところもあるでしょう。お金を取っているわけではないから、単純比較はできませんけど、多数の読者を抱えている一表現者として、変に遠慮する必要は無いわけで。
作家にとってあなたがone of themであるように、あなたにとって作家はone of themでしょう。ああ、それとも、この問題は・・・・自分が作家にとっての特別なoneである(でありたい)という心理の裏返しなんでしょうか? そういうクネクネダンスなのか?
ゲームには「クソゲー」と一言で切って捨てられる素晴らしい文化があって、そこには制作者とプレイヤーの間に正体不明のコネクションは無いし、そんな関係をまったく期待しないという潔さがありますよね。本の場合、「クソ本」とバッサリ切っちゃいけないかのような錯覚があるのかもなあ。
誤読されるとイヤなので、もう少し書くと、別にボクは酷評すべきというつもりもないし、逆に誉めるだけにしなさいというつもりもありません。それは書く人の自由です。ただ、作家同様、ブロガーも読者を抱えていて、読者が増えるリターンと減るリスクがあります。そこは忘れない方がいいと思います。
酷評記事を書くことで、読者に嫌われてしまい、読者数を減らすリスクがある一方で、誉めるばかりで信頼を失い、読者数を減らすリスクもあります。その判断は書き手自身が負うことになります。ちなみにボク自身は、いつも誉めるだけのブログを読んでも、本を買おうと思いません。なので、このブログでも酷評はしませんけど、いつも誉めるだけのファンサイト的な書評も書きません。
ボクが尊敬する書評ブログ404 Blog Not Foundのdankogai氏は献本された本でも、誉める時と批判する時があります。著者に痛烈な批判をする事もしばしば。だからといって、dankogai氏への献本は減っているようには見えません。
またボクもゲームソフトをもらうことがありますけど、いい所はいいと書きますし、悪い所は悪いと書きます。幸い、そんなことで怒り狂うような、器の小さなゲーム制作者にお目にかかった事はありません。
結局、その人が表現者として確立されてくれば、献本だの何だのは後からついてくるわけで、そんな事よりも大切なのは自分の文章を読んで、どれだけ多くの人を共感させられるか、心を動かせるか、だと思います。
コメント
>DARL さん
> この文章、微妙に前後が繋がってないですね。
> 「運営しているわけですが、その本の」なら、わかるんですがねぇ。
なるほど。その部分は見落としていました。
公開ファンレター的な書評サイトを否定するつもりはないし、好きにすればいいと思いますが、編集の人や作家がそれを前提にしているのは少し失笑しました。
まぁ出版というのも古い産業ですから、「供給側が上で、受け手が下」というような意識がどこかにあるのかもしれませんね。このネット時代に不思議な感覚ではありますが。
ボクがdankogai氏の書評ブログを高く評価してるのは、編集や作家に対して『対等』な意識を持っているからです。無意味に『下から』目線になることもなく、言いたい事はハッキリ言っておられますし、その一方で『オレは客なんだ、客は神様なんだ、俺の言う事をきけ』といった過剰な『上から』目線でもありません。
ネット時代の個人メディアにおいては、そういう『対等』意識をもつのが自然で、当然です。出版の世界には、そういう『対等』意識を嫌う人達もいるのかもしれませんが、そんな人たちが『賜った言葉』をありがたくいただく必要は無いんですよ。結局は、その方が自分のもつメディアの価値を高めていくと思います。
このブログにも「自称編集者」の人がコメントしに来た事はあって、まあ特別扱いしなかったのがご不満だったのかもしれませんが、他の方と同じような感じでレスしていたら、「もう2度と書き込みませんよ!」とコメントし、その後数日して「もう2度と見ませんよ!」とお怒りになられた(笑
気に入らないなら読まないのはもちろん読者の自由なんですけど、どうしてわざわざ宣言したがるのか。「俺様という特別な読者を失ってもいいのか!」と言いたかったのかな? なかなか面白い方でした。
ボクはコメント欄においては、特定の誰かを「最恵国待遇」するつもりは無いんですが、まあ世の中、特別扱いしてほしい人はいらっしゃるんでしょうねえ。理解できない感覚です。
> この文章、微妙に前後が繋がってないですね。
> 「運営しているわけですが、その本の」なら、わかるんですがねぇ。
なるほど。その部分は見落としていました。
公開ファンレター的な書評サイトを否定するつもりはないし、好きにすればいいと思いますが、編集の人や作家がそれを前提にしているのは少し失笑しました。
まぁ出版というのも古い産業ですから、「供給側が上で、受け手が下」というような意識がどこかにあるのかもしれませんね。このネット時代に不思議な感覚ではありますが。
ボクがdankogai氏の書評ブログを高く評価してるのは、編集や作家に対して『対等』な意識を持っているからです。無意味に『下から』目線になることもなく、言いたい事はハッキリ言っておられますし、その一方で『オレは客なんだ、客は神様なんだ、俺の言う事をきけ』といった過剰な『上から』目線でもありません。
ネット時代の個人メディアにおいては、そういう『対等』意識をもつのが自然で、当然です。出版の世界には、そういう『対等』意識を嫌う人達もいるのかもしれませんが、そんな人たちが『賜った言葉』をありがたくいただく必要は無いんですよ。結局は、その方が自分のもつメディアの価値を高めていくと思います。
このブログにも「自称編集者」の人がコメントしに来た事はあって、まあ特別扱いしなかったのがご不満だったのかもしれませんが、他の方と同じような感じでレスしていたら、「もう2度と書き込みませんよ!」とコメントし、その後数日して「もう2度と見ませんよ!」とお怒りになられた(笑
気に入らないなら読まないのはもちろん読者の自由なんですけど、どうしてわざわざ宣言したがるのか。「俺様という特別な読者を失ってもいいのか!」と言いたかったのかな? なかなか面白い方でした。
ボクはコメント欄においては、特定の誰かを「最恵国待遇」するつもりは無いんですが、まあ世の中、特別扱いしてほしい人はいらっしゃるんでしょうねえ。理解できない感覚です。
書評や感想を書いている人がどうして作家や編集者のことを気にするか。作者が不特定多数に向けて作品を出すのに対し、書評・感想は同じく一般の読者に向けているとはいえ性質上どうしても本の著者1人が特異点になるからone of themと思えない、という人が少なくないのでしょう。ファン心理・またはネガティブな思いを文章に託すなら、なおのこと著者の存在を意識してクネクネダンス(笑)になるのも無理はない。
その辺りはゲームと単純に比較出来ないと思いますが、本質的にはクリエイター(と総称されるエラい人)が何人であろうと対等に構えるべきだという意味で、このエントリーに強く同意します。その上で著者を慮るかどうかというのはもはや個人の趣味の問題であって、結局のところ今までも皆そういうスタンスで了解していた筈なんですよね。この話題もはじめはm_tamasakaさんがまさにone of themな立場で本音を述べただけで、周りが過剰反応してしまったのだと私は思います。
「自称編集者」さんは・・・きっとDAKINIさんのファンだったんですねえ。
その辺りはゲームと単純に比較出来ないと思いますが、本質的にはクリエイター(と総称されるエラい人)が何人であろうと対等に構えるべきだという意味で、このエントリーに強く同意します。その上で著者を慮るかどうかというのはもはや個人の趣味の問題であって、結局のところ今までも皆そういうスタンスで了解していた筈なんですよね。この話題もはじめはm_tamasakaさんがまさにone of themな立場で本音を述べただけで、周りが過剰反応してしまったのだと私は思います。
「自称編集者」さんは・・・きっとDAKINIさんのファンだったんですねえ。
>neko さん
そういう意味では、m_tamasakaさんが領域を踏み越えた、というと大げさですが、作家&編集と書評サイトの間の暗黙の了解を越えちゃったんでしょうねえ。
一方で、書評サイトの管理人の方々の繊細さも感じてしまいました。ゲームだったら、適当に炎上して終わっちゃいそうな(笑
そういう意味では、m_tamasakaさんが領域を踏み越えた、というと大げさですが、作家&編集と書評サイトの間の暗黙の了解を越えちゃったんでしょうねえ。
一方で、書評サイトの管理人の方々の繊細さも感じてしまいました。ゲームだったら、適当に炎上して終わっちゃいそうな(笑
書評に対するコメントっていうわけではないんですが
以前からお勧めされてたDDDを2巻まで読んでみました。
空の境界のプロット構成を若干トリッキーと評したんですが
DDDはそれとは比にならないぐらい複雑かつトリッキーな
構成になってて驚きました。
ただ読んでるうちにグイグイと物語にはまっていくのは面白い証拠なんでしょうね
2巻まで読んだ感想はまだ物語りは助走段階が終わった程度だと思ってるので
3巻の展開が非常に楽しみだったりします。
以前からお勧めされてたDDDを2巻まで読んでみました。
空の境界のプロット構成を若干トリッキーと評したんですが
DDDはそれとは比にならないぐらい複雑かつトリッキーな
構成になってて驚きました。
ただ読んでるうちにグイグイと物語にはまっていくのは面白い証拠なんでしょうね
2巻まで読んだ感想はまだ物語りは助走段階が終わった程度だと思ってるので
3巻の展開が非常に楽しみだったりします。
>Ni.O さん
> 2巻まで読んだ感想はまだ物語りは助走段階が終わった程度
そうですね。
いつ終わるんだろう。。。。というのと、ゲームのほうは大丈夫なのか?。。。。という思いも湧いてきます(^^;
> 2巻まで読んだ感想はまだ物語りは助走段階が終わった程度
そうですね。
いつ終わるんだろう。。。。というのと、ゲームのほうは大丈夫なのか?。。。。という思いも湧いてきます(^^;
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この文章、微妙に前後が繋がってないですね。「運営しているわけですが、その本の」なら、わかるんですがねぇ。
個人的には、こう言う作家や編集者がどう思っているのか気になる人には、「自分の書評について、本人から感想が貰いたい」人が、少なからずいるんだろうなと言う気がします。
恐らくは、DAKINIさんの言う、「ファンレター」的な意識がある人の心理なのかな、と。後、クネクネダンス?(笑)
もちろん、そうじゃない人の方が多いと思いますが、総じて、顔の見えない書評の読者よりも、顔の見える作家を見てしまうって事かも知れませんね。
アフィリエイトで結果が見えない人とかは、そう言う傾向に行っても仕方がないかも。
そう言う人がゲーム関係に少ないのは、開発に関わる人間が多くて顔も見えないから、「ファンレター」的な意識が持ち辛いからかな?(堀井さんとか、坂口さんとか、例外はありますが)
後は、「自分の書評が的外れだったらどうしよう」な人とかですかね?
まぁ、さすがに、「俺の書いた書評で儲けてるんだから、一言欲しい」って人はいない(少ない?)と願いたい。