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悪とはなにか 『円環少女 6 太陽がくだけるとき』

円環少女 6 太陽がくだけるとき長谷 敏司

かつて人類は地上に人工の太陽を作り出す術を得た。
すべてを灼き尽くす核爆弾。

テロリスト国木田義一は奪取した核爆弾で、日本という国を脅迫してみせた。交渉が目的ではなかった。これから起きる不可避の鉄槌の意味を、平和をむさぼる連中に知らしめるため。国木田はこけおどしではなく、本当に爆発させようとしていた。

大きな悪をぶち壊すには完璧に正しくあるのは不可能だ。巨大な悪につながる多数の人間の中には善人も混じっているからだ。しかしそれでも悪は悪、小さい悪を数百万人巻き添えにしようとも、否! 小さい悪が無数に荷担するから、すぐにつながって大きくなる。

怠惰な繁栄こそ許されざる巨悪。ならば女も男も子供も老人も若者も、無数の小さな悪と小さな善を区別なく、都民数百万人を焼き尽くす炎こそテロリストの振るう正義の鉄槌。

その理不尽な正義は圧倒的な暴力をもたらす。
警察はテロリストを捕まえるべく、都内全域を捜査していたが、後手に回っているのは否めない。

一方、武原仁は凶弾にたおれた鴉木メイゼルを治療することと引き換えに、自分の所属していた《公館》を抜けて、ひとり地下都市に降りていく。
戦前に軍部と魔術師協会が作り上げた、隠された地下通路網。記録から消えている地下迷宮のどこかに、刻印魔導師の子孫たちが住み着いている。国木田に協力した彼らの都市に、おそらく核爆弾があるはずだった。

しかし彼の行く手には、それまで共に戦っていた《茨姫》オルガ・ゼーマンや、師匠の《鬼火》東郷永光が立ち塞がる。進むは敵の本拠地、後ろからはかつての仲間たち。敵しかいない状況で、仁はメイゼルを救えるのか。

事件の裏にある陰謀を知り、どこからが悪か、その一線を見失いそうにもなる。しかし子供たちの声援を受け、仁は単純だが力強い信念と勇気を得る。それは国木田の正義とは対極にあるものだろう。

4巻から続く「東京地下戦争編」もついに完結。
ある意味ただの異能バトルファンタジーだった1巻から3巻までとは異なり、日本の歴史と魔術師たちの深い関わりが描き出される。
戦前の軍部との協力関係、防空壕のレベルを完全に越えた地下通路網、アメリカと協力する神聖騎士団と魔術師協会の地下迷宮での暗闘の歴史、戦後の戦争裁判、安保闘争や学生運動、数十年間地下に取り残された魔術師たち、現代の核テロ。

「現実の風景」の中で魔法使いの物語を書こうという作者の意欲的な試みは、過酷な状況を真正面から描き続けるこのシリーズに一段と生々しい現実を加えてみせた。それにしても、中高生むけの娯楽小説で、魔法使いのファンタジーと学生運動を結びつけるのは長谷敏司ぐらいだろう。

長谷敏司の特徴を1つあげるなら、その異様な真剣さにある。
今回のモチーフにもよく現れている。現在の日本の風景を、歴史をからめて書こうとして、書きにくいものにあえて取り組んでいる。

その文体も良い例だ。
 照準鏡の向こうで暖を取る男の、節くれだった手は、血に汚れていた。仁は、のどの奥に酸っぱいものがこみあげてえずいた。老人のロープの下半身が黒いのは服のデザインではない。灰色の記事に、粘度の高い血液が大量にしみこんでいたのだ。ドラム缶から、切断された右手が宙をつかむように飛び出していた。ついさっき、犠牲者が解体されて死んだのだ。地獄礼賛派と呼ばれる魔法使いの一派は、《悪鬼》の体に魔法消去の秘密が宿ると考えている。だから、人間をさらって、心臓や眼球を魔法世界へ持ち去るのだ。伝説から現代まで続く神隠しの原型はこうした被害者だ。
 彼は兄だ。だから、妹を助けてやりたかった。
「くそ、あんなのと戦っているのかよ。くそ!」
 仁は、口の中で何度も吐き捨てた。彼の知る舞花は、まじめで不器用な、甘えん坊だったのだ。
 彼は魔法使いをじっと見た。体中の毛穴が開いて、汗がにじんだ。老人の目はガラス玉のように感情がないのに、口元だけに官能的な笑いを浮かべていたからだ。これは不吉な犯罪者の顔だと、仁の本能が告げていた。
「この引き金を引いたら、舞花を助けてやれるんじゃないか」
 そう、思ってしまった。
 今年の夏、妹の舞花は、一年ぶりに彼とすごしたアパートに帰ってきた。そして、「人を殺したの」と、さびしく笑った。妹は、今も人を殺し続けている。
 仁は嫌で嫌で、ここから逃げたくてたまらない。だから一瞬、いつか危ない目にあった舞花を、彼が助けてやることを夢想してしまった。こんなふうに引き金を引いて。
ライトノベルはその名が示すとおり、大抵リーダビリティが高い。だが長谷敏司の小説はいつも「読みにくい」と言われる。作者もあとがきで書いているとおり、読みやすくしようと努力はしているようで、確かに1巻の頃からすると、いくぶん読みやすくなった気がする。しかしその真剣さが変わらぬ限り、文章密度はやはり濃いのだ。それはやはり欠点ではなく、美徳である。

まだこのシリーズを読んでない人には、覚悟を決めて飛び込んでくることをうながしたい。1巻の書評も書いているので、そちらもぜひ参考に。


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