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ウイングマンと奈須きのこと灼眼のシャナ。そして選択肢の後。 『灼眼のシャナ 16』

灼眼のシャナ 16高橋 弥七郎

中高生によく読まれるライトノベルはなんだろう?
と訊いて、『灼眼のシャナ』が真っ先に上がる確率は非常に高いと思う。
電撃文庫の初版が平均3万部前後、『シャナ』はその8倍以上の25万部というから、電撃文庫、いやライトノベル市場におけるにおける存在感がわかる。

世界観とキャラクター

16巻も出ている小説を1から読み始めるのも勇気の要る話で、薦めるのも躊躇するが、これほど面白いライトノベルもなかなか無い。
まず独自の世界観の構築が見事。紅世の王、フレイムヘイズ、徒(ともがら)、トーチ、ミステス、燐子、自在法、封絶、外界宿、零時迷子、……。中ニ病的と苦笑する人もいらっしゃるかもしれないが、ライトノベルにおいて、独自の設定と用語を壮大に組み上げることはきわめて重要で、人気作品は大抵、設定集を刊行可能なほどの設定を含んでいることが多い。

娯楽として面白い要素もてんこ盛りだ。
フレイムヘイズと紅王の王の激しい戦闘に興奮してもいいし、ツンデレの代名詞の1人といえるシャナに「うるさい、うるさい、うるさい」と怒られて釘宮病にかかってもいい。もふもふメロンパンを食べる可愛らしさに萌えるのもいい。登場人物、中でもフレイムヘイズと紅世の王は個性的な連中ばかりで、かっこよく、美しい。主人公側には、かっこいい女性のフレイムヘイズが多く、各巻ごとにやられる紅世の王は野郎ばっかりというのも、エンターテインメントの正道である。

あえて言えば、漢(おとこ)成分が少ない点が瑕疵と言えなくもない。うほっ、いい漢と思えるのは敵側の将軍、千変のシュドナイぐらいではないか。その彼にしても、頂の座ヘカテーに惚れすぎていて、ヘカテーを危ない目に遭わせたら1回殴り殺す、傷つけようものなら100回殺すという有り様である。

シャナと契約している天罰神、”天壌の劫火”アラストールにしても、主人公の坂井祐二の母親、千草の前では、子育てに翻弄される哀れな親父にすぎなくなる。最初から最後まで、女(の子)は強い。


THE 三角関係

『灼眼のシャナ』は独自の世界観やバトルも魅力だが、そこにいわゆる「三角関係」を導入した点が特徴だ。主人公・悠二、「非日常」からやってきた少女・シャナ、「日常」に属する少女・吉田。16巻までのほとんどの展開は、優柔不断で鈍感な悠二が2人のどちらを選ぶかに費やされてきた。

ここでポイントは、「シャナが主人公の住む街に居続ける」という選択肢が無い点だ。非日常の住人であるシャナといっしょに育った街を離れて旅立つか、あるいはシャナたちとわかれて吉田一美といっしょに普通の生活を送るか。
「非日常」に属する少女は、日常の世界には永住できない。ゆえに主人公はどちらの世界を選ぶか決断しなければならない。少女を選ぶことは、世界を、人生を選ぶこととイコールなのだ。

ずいぶん引き伸ばされてきた感があるが、この巻でついに答えが出る。そこで単純に物語が終息しないのが、高橋弥七郎の非凡なところだ。どういう展開になるかは、16巻までがんばって読み進めてほしい。


ウイングマンと電影少女

主人公をはさんだ日常と非日常の三角関係。
この図式の源流はおそらく『ウイングマン』じゃないだろうか。その結末は古い人なら知ってのとおり、日常への回帰である。主人公の健太が本当に好きになったのは、異次元世界ポドリムスからやってきたアオイだが、彼女は異世界に帰り、健太はすべてを忘れて日常に戻る。

日常のものは日常へ、非日常のものは非日常へ。
確かにそれは、物語として美しい終わり方だ。しかし明らかに多くの読者の望む結末ではなかったし、作者の本音も違ったようだ。続く『電影少女』のヒロインである天野あいは、明らかにもう1人のアオイとして描かれている(これは作者自身が認めていたように記憶している)。

『電影少女』にも、あい、洋太、もえみの三角関係は存在したが、天秤は明らかにあいに傾いていた。最終的にあいは人間になって洋太と結ばれるが、逆にいうと人間にならなければ、一緒にはいられなかったという事だ。

ここでも「非日常に属する少女は(日常側の存在にならなければ)日常の世界に永住できない」というルールが守られている。非日常の存在が日常の世界に永住するという結末は、ある意味破綻し、矛盾しているからだ。
(ちなみに『うる星やつら』はネバーエンディング型とみるべきで、「夫婦」の日常に終わりは無いという感覚に根ざしている)


ノベルゲームでは?

エンディングが1つのメディアでは難しいことも、マルチエンディングのノベルゲームなら可能になる。読者の願望を満たす器が小説やマンガからノベルゲーム(美少女ゲーム)にシフトしていったのもうなずける。

しかし、やがてこの問題に意識的な作家が登場する。奈須きのこは『月姫』において、日常に属する少年と非日常の少女が結ばれる結末を回避する。その結末こそトゥルーエンドとし、一緒に居られる例外はグッドエンドとして区別している。
そして『Fate』に至っては、セイバールートではグッドエンドを提供していない。凛と桜にはトゥルー/グッドが両方あるのにセイバーは1つのみという点に、作者の明確で強い意志が感じられる。

やや古典的な見方かもしれないが、物語とキャラクターの対立といえる。物語としてのキレイさとキャラクターへの愛情の矛盾。読者の側が物語を枠組みごとメタ的に読むようになった、その変化の表れかもしれない。


そして小説へ

ここ数年ノベルゲームの影響を色濃く受けた小説が台頭していて、それらの一群は「現代学園異能」とよばれる。『灼眼のシャナ』はその代表格。

マルチエンディングを持たない小説では、上記の矛盾に対してうまく答えを出せてないケースが目につく。先日完結した『レジンキャストミルク』の結末は、やはりどこか歪で、壊れているように感じる。(またこのジャンルの小説は、途中で打ち切りになったシリーズも多い)

『シャナ』で悠二はきちんと1人を選ぶ。
しかしその後の展開は、なかなか意表を突いてくれる。14巻以降の展開、この発想はなかった。
この書評はややメタ的な読みをしているが、主な購買層の中高生はもっと素直に読んでいると思う。まあいいじゃないか、中高生には中高生の、訓練された大人のオタには大人の読み方がある。その懐の深さがライトノベルなのだから。

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コメント

シャナの序盤ってば、ぶっちゃけちゃうとTRPGのルールブックなんですよね。デジタルRPGよりもアナログRPGこそをRPGと呼ぶ割には、SNEとかは嫌いな自分は卓上ゲーの今でも厨房w(原書取り寄せ翻訳派&長らくアナログ系の仕事が多かったので)
関係者筋から「アニメスタッフは、内容を全然理解できなくて、再構築してアニメを作ったのでかなり分かりやすくなった」つー話を聞いた時、さもありなんと思った次第です(ちなみに自分は全然気にせず読めました。ナンシー・A・コリンズも、ジャック・ヨーヴィル=キム・ニューマンだってこの文法の上)。
まぁ、この辺の文法知らない人間には、どーでもいい話ではありますが、どうしても年寄りとしては一言言いたかったのでw

ウイングマン

ウイングマンはネタとベタの境界線ですごく好きな作品(後知恵)。そこと絡められたらコメントせずにはいられなくてつい足跡。

>kingateさん
1~5巻ぐらいは、バトルで悠二が智謀で活躍してたし、バトルも面白かったですよね。
三角関係の比重が高くなると、ゲーム的な色彩は薄くなってしまいましたが。
アニメの第2期は独自展開とはいえ、どこの美少女ゲームをアニメ化したんだって、感じになってますし(笑

>乙木一史 さん
じゃあ、ウイングマンネタをブログでぜひ。
いつも更新を楽しみにしております。

シャナはいとうのいぢのイラスト目当てで読んでみましたが
次々と飛び出してくる難解なSF要素にはまれずに
僕は3巻あたりで読むのをやめてしまいました。

実の所ハルヒ以外ライトノベルを殆ど読んでないんですよね
フェイト/ゼロやDDDは家にあるんですが未だに未読状態
だけどサウンドノベルやビジュアルノベルはよくやるという
なんとも矛盾した気がするのは気のせいでしょうか?

>Ni.O さん
確かにシャナには、序盤にちょっと壁がありますよね。
設定多すぎですし、文章力もまだ微妙でしたし。ボクも一気に読んだわけではなくて、1回つっかえてます(笑 あと、文章の独特のうっとおしさというか、迂遠な感じが合わない人は、いるかもしれません。

>サウンドノベルやビジュアルノベルはよくやるというなんとも矛盾した気がするのは気のせいでしょうか?

メディアに対する「慣れ」の違いでしょうか。
間合いが違うのは確かですね。その違いを言語化するのは難しいのですが。
ノベルゲームは絵で語るという前提があるので、基本的に描写が無いじゃないですか。そこで煩わしさが無いのは大きいですよね。ノベルゲームから入ってくると、小説の描写は迂遠なものに感じられる気もします。ノベルゲーム好きなら、一人称で書かれたライトノベルの方が入りやすいのかもしれませんね。

個人的には、今は平均的な質の問題、絶対的な量とバリエーションの問題で、読書の比重は圧倒的にライトノベルに傾いてますが、ノベルゲームの作品数がもっと増えてくると良いな、と思います。

本文の内容とはあまり関連していませんが…「灼眼のシャナ」や「とある魔術の禁書目録」、「鋼殻のレギオス」「学校の階段」など人気のある、あるいは今ノッているライトノベルはどれもその刊行速度がかなり速いペースです。
私自身「好きな本は速く読みたい」欲求が高いので実に嬉しいことなんですけど
マンガ感覚、とまで言っていいのかどうかは分かりませんが、続き物の場合、どうしても『次を次を』と言う欲求はかなり強いと思いますので、それを満たしてくれるというのはやはり支持される・人気が高い要因の一つでは無いかと。
(もちろんおもしろいことが大前提ですが。そうでなければ『次』自体危うくなりますからね)

>流練 さん
ライトノベル全体に早いですけど、確かにそれらの作品は特に早いですし、息切れもしてないですね。新人作家が最初の1年は早くても、2年目から息切れすることって結構あるので、そういうタフネスさも大切なんだなあと思います。

作家の引き出しの多さとうまくまとめたい所ですが、それらの作品って割と、中盤以降、展開が遅くなってる気がするので、焦らし方が大切なんだという結論で(笑。

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