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洗練された無駄というマンネリズム 『まぶらほ 〜じょなんの巻・に〜』
まぶらほ 〜じょなんの巻・に〜(築地俊彦)

ライトノベルにおけるラブコメ小説の最長記録を打ち立てたんじゃないだろうか?
ホントに息の長いシリーズだと思う。
あとがきによれば、ドラゴンマガジンでの連載回数があの『スレイヤーズ』に次いで2位になったそうだ。すごい。
レッド、レッド、レッドオーシャンのライトノベル界で、これだけ長く生き残っていれば、もはやマンネリは1つの「芸」の域に達している、と言っていい。マンネリ芸に関しては『水戸黄門』や『暴れん坊将軍』『火曜サスペンス劇場』に匹敵する。
8年の間に文章は無駄が取れ、リーダビリティが向上した。しかしあくまで書きつづられるのは、いつものドタバタであり、日常という名の「無駄」である。洗練されたベテランの技で、無駄なことだけを書く。洗練された無駄という概念自体、矛盾しているような気もするが、飽きないマンネリズムとはそういうものではないか。
物語のオチは定型化しつつも、状況が微妙に変化していき、なかなか飽きさせない。『まぶらほ』の本編は、
にんげんの巻
潜在的には巨大な魔力を秘めた式森和樹(の血統)を狙って、3人の女の子が争う。魔法使いは魔力の大きさとは別に、魔法の回数が生まれつき制限されていて、すべて使い切ると死んでしまうが、和樹は7回しか魔法を使えない。にもかかわらず、和樹は女の子を助けるために、割とためらいなく魔法を使ってしまう……あ、この時点では、ちょっとカッコいいヤツだったんだな(笑
ゆうれいの巻
色々あって、3人が本気になって、和樹を奪い合うようになる。ラブコメ小説として軌道に乗ったのはこの辺りから。やきもち焼きの夕菜、ツンデレの剣士少女・神城凛、身体で迫ってくる風椿玖里子という基本トライアングルができあがる。
ふっかつの巻
和樹を囲む3人の少女という膠着した図式を打ち破るために投入されたのが、第4の少女・栗丘舞穂。中学生なのに、妙にマセてるというか、××××な伏字ゼリフを吐きまくる恐ろしい子。基本的にはひっかき回し役で、和樹をめぐる構図は変化しない。
夕菜のキシャー化(怒りのラム化ともいう)が進み、夕菜の精霊魔法で和樹が黒こげというオチが定番化。凛の人気が高まるにつれ、夕菜と並び立つライバルとして浮上していくが……存在感の薄れた玖里子は「経験豊富なお姉さん」路線から「世慣れてるように見えるけど、実は初心」路線へと転換する。性格なんて「意外な一面」の一言で、いくらでも後づけできると証明した輝かしい功績でもある。
ふっかつの巻(単行本)
文庫1冊につき、ドラゴンマガジン連載分+書き下ろし1話以上という構成を取っているのだが、書き下ろし分で進行していたのが山瀬千早をめぐる物語である。
和樹に片想いだったが、転校することになり、一時は気持ちをあきらめていた。けれども偶然再会してから、恋心に火がついて、止まらなくなる。なかなか自分の気持ちを表に出せず、強い感情を抱えこむようになり、精神的に追い詰められていく……というと、今でいう「ヤンデレ」のようだが、人気の高まり方は似ているかもしれない。
『まぶらほ』の雰囲気からして、鬼になったり、刃物を振り回す事は無いが、心が闇に堕ちかけた。ヤンデレ人気=主人公に選ばれなかったヒロインへの愛情(同情)と考えるなら、山瀬千早は微ヤンデレ。
そしてじょなんの巻では、地獄の底から這い上がってきた少女が、和樹争奪戦に5人目として加わる。
さーて、どう変化するかと思いきや、案外5人目がおとなしい。そうこうしている間に、他の少女は和樹との距離を縮めていく。微妙に保たれていた、和樹と少女たちの均衡がようやく崩れつつある。むろんそこはマンネリズムの達人である作者のこと、天秤が傾けば、もう片側に重りを乗せ、適度な揺れを維持しながら、そうそう物語を収束させない。
限りなく無駄を省いて、無駄を書く。全部無駄であることに無駄がない。マンネリズムとは、暇つぶしとしての娯楽とは、究極的にはそういう「芸」なのだ。つまり、この本って、ニコ厨向けなのかもしれない。
関連
マンネリズムの美学! それがラブコメだ!『まぶらほ』
ジャンプなんてレベルじゃねーぞ、究極の人気主義 『まぶらほ 〜さらにメイドの巻〜』

ライトノベルにおけるラブコメ小説の最長記録を打ち立てたんじゃないだろうか?
ホントに息の長いシリーズだと思う。
あとがきによれば、ドラゴンマガジンでの連載回数があの『スレイヤーズ』に次いで2位になったそうだ。すごい。
レッド、レッド、レッドオーシャンのライトノベル界で、これだけ長く生き残っていれば、もはやマンネリは1つの「芸」の域に達している、と言っていい。マンネリ芸に関しては『水戸黄門』や『暴れん坊将軍』『火曜サスペンス劇場』に匹敵する。
8年の間に文章は無駄が取れ、リーダビリティが向上した。しかしあくまで書きつづられるのは、いつものドタバタであり、日常という名の「無駄」である。洗練されたベテランの技で、無駄なことだけを書く。洗練された無駄という概念自体、矛盾しているような気もするが、飽きないマンネリズムとはそういうものではないか。
物語のオチは定型化しつつも、状況が微妙に変化していき、なかなか飽きさせない。『まぶらほ』の本編は、
- にんげんの巻 1巻
- ゆうれいの巻 3巻
- ふっかつの巻 8巻
- じょなんの巻 現在2巻まで
にんげんの巻
潜在的には巨大な魔力を秘めた式森和樹(の血統)を狙って、3人の女の子が争う。魔法使いは魔力の大きさとは別に、魔法の回数が生まれつき制限されていて、すべて使い切ると死んでしまうが、和樹は7回しか魔法を使えない。にもかかわらず、和樹は女の子を助けるために、割とためらいなく魔法を使ってしまう……あ、この時点では、ちょっとカッコいいヤツだったんだな(笑
ゆうれいの巻
色々あって、3人が本気になって、和樹を奪い合うようになる。ラブコメ小説として軌道に乗ったのはこの辺りから。やきもち焼きの夕菜、ツンデレの剣士少女・神城凛、身体で迫ってくる風椿玖里子という基本トライアングルができあがる。
ふっかつの巻
和樹を囲む3人の少女という膠着した図式を打ち破るために投入されたのが、第4の少女・栗丘舞穂。中学生なのに、妙にマセてるというか、××××な伏字ゼリフを吐きまくる恐ろしい子。基本的にはひっかき回し役で、和樹をめぐる構図は変化しない。
夕菜のキシャー化(怒りのラム化ともいう)が進み、夕菜の精霊魔法で和樹が黒こげというオチが定番化。凛の人気が高まるにつれ、夕菜と並び立つライバルとして浮上していくが……存在感の薄れた玖里子は「経験豊富なお姉さん」路線から「世慣れてるように見えるけど、実は初心」路線へと転換する。性格なんて「意外な一面」の一言で、いくらでも後づけできると証明した輝かしい功績でもある。
ふっかつの巻(単行本)
文庫1冊につき、ドラゴンマガジン連載分+書き下ろし1話以上という構成を取っているのだが、書き下ろし分で進行していたのが山瀬千早をめぐる物語である。
和樹に片想いだったが、転校することになり、一時は気持ちをあきらめていた。けれども偶然再会してから、恋心に火がついて、止まらなくなる。なかなか自分の気持ちを表に出せず、強い感情を抱えこむようになり、精神的に追い詰められていく……というと、今でいう「ヤンデレ」のようだが、人気の高まり方は似ているかもしれない。
『まぶらほ』の雰囲気からして、鬼になったり、刃物を振り回す事は無いが、心が闇に堕ちかけた。ヤンデレ人気=主人公に選ばれなかったヒロインへの愛情(同情)と考えるなら、山瀬千早は微ヤンデレ。
そしてじょなんの巻では、地獄の底から這い上がってきた少女が、和樹争奪戦に5人目として加わる。
さーて、どう変化するかと思いきや、案外5人目がおとなしい。そうこうしている間に、他の少女は和樹との距離を縮めていく。微妙に保たれていた、和樹と少女たちの均衡がようやく崩れつつある。むろんそこはマンネリズムの達人である作者のこと、天秤が傾けば、もう片側に重りを乗せ、適度な揺れを維持しながら、そうそう物語を収束させない。
限りなく無駄を省いて、無駄を書く。全部無駄であることに無駄がない。マンネリズムとは、暇つぶしとしての娯楽とは、究極的にはそういう「芸」なのだ。つまり、この本って、ニコ厨向けなのかもしれない。
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