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4年前に生まれたヤンデレ小説が復活! 『きみとぼくの壊れた世界』
きみとぼくの壊れた世界(西尾維新)
西尾維新が4年前に執筆した『きみとぼくの壊れた世界』の続編が、今月ついに登場!! それにあわせて、『きみぼく』のハードカバーも刊行予定。10月6日、そう明日だ!
『きみとぼくの壊れた世界』は、今風の言葉でいえば、完全無欠のヤンデレ小説。しかし4年前には、ヤンデレのヤの字も存在せず、そういう文脈では読まれなかった。変化の早いキャラクター小説の世界において、4年もブームを先取りしている事自体、明らかに異常である。
2005年の時点でも、ヤンデレ小説とは認識されていなかった。
わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる:妹+ツンデレ+密室殺人「きみとぼくの壊れた世界」
当時はまだツンデレブームの真っ最中。妹+ツンデレという枠組みで理解するのが自然だった。西尾作品は概念も、ブームも、時代も先んじて進んでいるのだ。
以前かいたように、ライトノベルにおけるヤンデレの系譜は、西尾維新チルドレン(クローン?)が生み出したといっても過言ではない。むろん、それぞれの作家の個性はあり、一概に「西尾維新」の系譜で括るのはひどい扱いかもしれない。だが率直にいえば、いまだライトノベルのヤンデレ文化は、戯言シリーズや『きみぼく』の生み出した領域から一歩も外に出ていないと思う。
『嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん』は確かに身につまされる痛い話だが、逆にいえば、その程度なのだ。重い話を重く書く。誰もができるとはいわないが、普通の作家ならできる。重い話を軽く書くは、よほどの才能がないとできない。
西尾作品、とりわけ戯言シリーズや『きみぼく』のような初期作品の特徴は、絶望を軽く書いてみせたことだと思う。描写が甘いわけでも、人物が書けてないわけでもない。小説の一要素、一要素を分解してみれば、重金属のように重い。しかし組みあがった小説そのものは、妙に軽いのだ。その質量法則を無視した重力場こそ、西尾維新の戯言文体のなせる技だ。
西尾維新が何故あれほど若い読者の支持を集めたのか。
僕たちはもう、希望を軽薄に、絶望を重く書く物語にウンザリしているのだ。かといって、絶望そのものを無かったことにして、虚構の希望と楽園と幸福に耽溺するのも、意外と難しい。そこに、絶望を軽く書いてみせる作家が現れたのだ。
いーちゃんと玖渚は、行き止まりにぶち当たった、すでに終わるに終わっている2人。櫃内様刻(ひつうちさまとき)と櫃内夜月(よるつき)は、禁じられた一線を現在進行形で踏み越えつつある兄妹。共に将来は絶望的。
いーちゃんと玖渚がどういう選択をしたか。様刻がどういう選択をしたか。それは読者自身で確かめてほしい。ただ、この本は戯言シリーズに比べると、やや意地悪な結末を迎える。あちらをトゥルーエンド(グッドエンド)と解釈するなら、こちらはバッドエンド。
しかしバッドエンドというのは、本当にそんなに悪いものなのだろうか? そんな気がする終わり方でもある。それ、すなわち、ヤンデレの魅力でもある。
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『きみとぼくの壊れた世界』は、今風の言葉でいえば、完全無欠のヤンデレ小説。しかし4年前には、ヤンデレのヤの字も存在せず、そういう文脈では読まれなかった。変化の早いキャラクター小説の世界において、4年もブームを先取りしている事自体、明らかに異常である。
2005年の時点でも、ヤンデレ小説とは認識されていなかった。
わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる:妹+ツンデレ+密室殺人「きみとぼくの壊れた世界」
当時はまだツンデレブームの真っ最中。妹+ツンデレという枠組みで理解するのが自然だった。西尾作品は概念も、ブームも、時代も先んじて進んでいるのだ。
以前かいたように、ライトノベルにおけるヤンデレの系譜は、西尾維新チルドレン(クローン?)が生み出したといっても過言ではない。むろん、それぞれの作家の個性はあり、一概に「西尾維新」の系譜で括るのはひどい扱いかもしれない。だが率直にいえば、いまだライトノベルのヤンデレ文化は、戯言シリーズや『きみぼく』の生み出した領域から一歩も外に出ていないと思う。
『嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん』は確かに身につまされる痛い話だが、逆にいえば、その程度なのだ。重い話を重く書く。誰もができるとはいわないが、普通の作家ならできる。重い話を軽く書くは、よほどの才能がないとできない。
西尾作品、とりわけ戯言シリーズや『きみぼく』のような初期作品の特徴は、絶望を軽く書いてみせたことだと思う。描写が甘いわけでも、人物が書けてないわけでもない。小説の一要素、一要素を分解してみれば、重金属のように重い。しかし組みあがった小説そのものは、妙に軽いのだ。その質量法則を無視した重力場こそ、西尾維新の戯言文体のなせる技だ。
西尾維新が何故あれほど若い読者の支持を集めたのか。
僕たちはもう、希望を軽薄に、絶望を重く書く物語にウンザリしているのだ。かといって、絶望そのものを無かったことにして、虚構の希望と楽園と幸福に耽溺するのも、意外と難しい。そこに、絶望を軽く書いてみせる作家が現れたのだ。
いーちゃんと玖渚は、行き止まりにぶち当たった、すでに終わるに終わっている2人。櫃内様刻(ひつうちさまとき)と櫃内夜月(よるつき)は、禁じられた一線を現在進行形で踏み越えつつある兄妹。共に将来は絶望的。
いーちゃんと玖渚がどういう選択をしたか。様刻がどういう選択をしたか。それは読者自身で確かめてほしい。ただ、この本は戯言シリーズに比べると、やや意地悪な結末を迎える。あちらをトゥルーエンド(グッドエンド)と解釈するなら、こちらはバッドエンド。
しかしバッドエンドというのは、本当にそんなに悪いものなのだろうか? そんな気がする終わり方でもある。それ、すなわち、ヤンデレの魅力でもある。
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