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思考停止はそろそろ限界。未来へ進む以外ない。

ネトゲ研究日誌:任天堂でさえも…
課金の内容はいわゆるDLCが、重要なのは任天堂がゲームソフト代以外の課金を始めたという事だろう。既に先行している他社も最初は同じようにDLCから始め、やがてソーシャルゲームと手を伸ばしていった。DLCはそうした騙し討ちみたいな課金術とは違うと言い返しても、他社がそういう道のりを辿ってしまった以上、今回の記事のように会社が成り立たなければ、路線変更し金儲けに走らないという保証は誰も出来ない。
まー、そういう事です。
ゼロ年代後半において、コンシューマーゲーム業界でも追加DLCが徐々に販売されるようになりました。無料または有料のDLC配信をサードパーティに強く働きかけていたマイクロソフトの「政策」により、主にXbox360で動きが顕著でした。

最初はDLCの有無そのものが議論の対象になってました。やがてそれが当たり前になってくると、オンラインゲームやソーシャルゲームの消費アイテム販売やガチャがより問題視されるようになりました。今では定額制でないオンラインゲームで、ガチャが無いオンラインゲームを探すのは不可能に近いです。その歴史を知っていれば、DLCを始めた以上、いずれは消費アイテムやガチャにまで進んでいくのは自然の流れです。

しかしDLCや追加課金について、ヒステリックに忌避する人達がいらっしゃいます。あれはなんですかね?


追加DLCがそんなに問題なのか?

追加コンテンツが悪だというなら、アペンドディスクは悪なのでしょうか? アペンドディスクを作るぐらいなら、最初から本編に入れておけ、という意見を真顔で言う人がもし存在するなら、なかなか極まった考えではないでしょうか。アペンドディスクが「あり」なら、追加DLCだって正当です。

例えば映画前売り券でポケモンが入手できるという商法は、どうなんでしょうか。あれこそ「抱き合わせ+追加DLC課金」の最たるものではないですか。何年前からあの商法がまかり通っているか、今さら指摘するまでもない。分別のある大人相手の商材ならともかく、よりにもよって子ども相手の商売ですよ? もっともバンダイの最近の玩具の販売手法に比べれば、可愛げがありますが(苦笑


都度課金はいけないのか?

そもそも娯楽の世界においては、対価を得る手段は複数あるわけで、パッケージ購入という一手段に限定されるのが正しいなどという考え自体がおかしいのです。アーケードゲームは都度課金でしたが、それが問題だったのでしょうか? そんな事は無かったですよね。

例えばダウンロード専用のソフトで、1回目のプレイは無料で、2回目以降に1回プレイするごとに50円取るゲームがあったとして、それは容認しがたい「邪悪」なのでしょうか? もしそうなら、アーケードゲームは存在自体が悪ということになってしまいます。そんな馬鹿な話はないわけです。任天堂にしたって、昔はアーケードゲームを作っていました。

長い間パッケージゲームに慣れてきたために、それ以外の課金手段に違和感を覚えるユーザーが増えてしまったというだけであって、それも徐々に解消されてきているのが現状です。オンラインゲームだって、昔は定額制が当たり前でしたが、やがて無料+アイテム課金が当たり前になり、定額制のゲームのほうが少なくなりました。

バンダイチャンネルのように月額1000円で数百本のアニメコンテンツが見放題というサービスは悪なのでしょうか? auスマートパスのような仕組みはどうでしょうか? 世の中には、お金を出してコンテンツを購入して所有する、という仕組み以外の方法がたくさんあるんです。それらは既に世の中に定着しています。感情論的に善し悪しを論じるのはおかしな姿勢です。


ゲームの評価軸の変遷

課金の問題については、感情論的な議論が多く、正直うんざりしてます。
好き嫌い以外の論点が存在しないのか?

……んなわけないでしょう。

課金プレイについては、6年、7年前にも議論していたわけですし。
ただ、眼前にそういうビジネスが流行っていくと、まっとうに議論しようという気持より先に嫌悪感のような感情論が先にほとばしってしまう、という事ではないでしょうか。
ではプレイヤーごとの差はどこでつけるのか?
腕が無ければ時間を。時間が無ければ・・・・お金。
まあすべてのゲームがそうなるとはいいませんが、攻略本を買う以外の選択肢が提示されて、ゲームを最後まで遊べる人が増えるのは良いことでしょう。もちろん、システムとしてお金そのものを見せるとドギツいので、ゲームマネーのようなポイント制を取る所が多いんじゃないかと思います。

そうそう、カードゲームは新しいゲームデザインの良いヒントになるでしょう。「遊戯王」のようなリアルのカードゲームやアーケードのカードゲーム、オンラインゲームの「アルテイル」。
お金をかけると手持ちのカード(アイテム)が増えて勝ちやすくなる、ただしお金だけですべてが決まるわけではない。プレイデータ中心主義がもたらすものは他にもあると思いますが、それについてはいずれまた書きたいと思います。
ゲームの歴史を振り返ると、始めはプレイヤーの腕前のみを評価する「スキル主義」の時代でした。初期のゲームブームの頃は、ゲームが上手いことが自慢の種になったので、それで良かったのですが、徐々に上手くなることに価値を見出せない人が増えていき、ゲームの上手い人と下手な人の格差が開いていきました。

次にRPGの普及と共に、かけた時間の分だけリターンがある(少なくとも何かは残る)「プレイ時間主義」の時代が続きました。下手な人でも時間さえかければ、最後までいけるという価値観は、長らくプレイヤーの支持を集めました。しかしファミコン世代の年齢が高くなるにつれて、時間は非常に貴重なものになり、ゲームに時間をかけられる人とかけられない人の格差が開いていきました。

では次にどんな価値観の時代がくるのか。
まだ完全な答えは出ていませんが、おそらく1つはコミュニケーションツールとしてのゲームの復権、もう1つはお金です。どちらもゲームの外側の価値観をゲーム内に持ち込むという点で共通しています。その辺りは過去の記事でも、簡単に考察しています。
(参考:発熱地帯「プレイデータ中心主義がもたらすもの」)

お金で評価するゲームは、今後ますます増えていくと予想します。
しかし多くのプレイヤーにとって抵抗感がある評価軸なのも確かで、プレイヤーに納得のいく仕組みはまだまだ模索する必要がありそうです(例えば、カードゲームは比較的、納得性の高いシステムといえます)。



ビジネスモデルとゲームデザインの密接な関係

ところで課金とゲームデザインの問題は、密接に関係があります。ゲームデザインはビジネスモデルに制約を受けるからです。

アーケードゲームの難易度設計はインカムに強く結び付いていましたし、2人同時に進むベルトスクロール型が流行ったのは1台で同時においしいからですし、対戦格闘ゲームが恐るべきインカムをもたらし、ある一時代アーケードゲームの大半をそのジャンルに塗り替えたのも歴史が教えるところです。オンラインゲームにおいても、定額制のゲームと無料+アイテム課金型のゲームでは、ゲーム内の経済において異なるバランス調整が発生します。

追加DLCが良いのか、悪いのか。
価格とリリース時期の問題なのか。
月額定額制は良いのか、悪いのか。
アイテム課金型は良いのか、悪いのか。消費アイテムの販売は悪いのか。
ガチャが良いのか、悪いのか。確率が厳しいのがいけないのか。

さまざまな論点があるでしょう。

中でも大きな論点を1つ挙げるなら「プレイの公平性」の問題があります。課金と公平性をどうやって両立させていくか。ゲームデザインで解決できる部分も大きい。ゲーム開発者であれば、そういう議論をするのが本来の筋。ソーシャル勢に嫉妬交じりの批判をぶつけて溜飲を下げたところで、何の進歩もありません。

公平性という点では海外で爆発的に支持を集めている『League of Legends』のような事例もありますし、モバゲーやグリーあたりのアイテム課金とは一線を画そうという決意表明をしたセガの『PSO2』もある。建設的に未来にむかって前進しようとしている人達がいるのは好ましいですね。

他の論点としては、F2Pはアドベンチャーゲームや映画的なゲームには不向きだという事です。女性向けの恋愛ゲームはソーシャルでも成立していますが、課金売上げはさほど高くなく、大量のタイトルを毎月リリースしているからぶん回せるハーレクインロマンス商法です。特に男性向けでは壊滅的です。

F2Pは膨大なユーザー母数を前提にするか、継続率の維持がきわめて重要になるため、読み切り型のコンテンツは課金売上という点ではジャンルの成立が危うくなる可能性も高いのです。アニメが都度課金に向かないのと似ており、個別の強力なタイトルは生き残る道があるとしても、ジャンル全体としてはバンダイチャンネルのような定額制ぐらいしか手段が浮かびません。


原始人にマッチを与えるような商売ができる時代は終わった

上記のような論点1つ1つをろくに精査もせず、感情論をぶちまけるだけの一部ネットユーザーの議論にはため息が出ます。いくら喚いても時代は元には戻りません。

任天堂プラットフォームは、オンラインサービスが整っておらず、一世代遅れていたため、熱狂的な人達の中には、感情論として従来のパッケージビジネス以外の商法が許せない人もいらっしゃるのでしょう。実際『FE覚醒』の追加DLCに関しては、(自称)ファンがブログにおいて、配信時期が早すぎるとか、値段が高いとか、ブツブツ書いており、呆れ返ってしまいました。

それは、ある意味、マイクロソフトとSCEがせっせと投資を続けている間に、時代遅れのネットサービスを誇らしげに展開していた代償なのですよ。

性能不足のハードウェアに、物珍しいインターフェースをくっつけて、サプライズを与えてみせたのがWiiです。そうやって競合他社を圧倒しているうちに、性能的にキャッチアップした機械や優れたネットサービスを準備しておくのが本来のありかたでしょう。

勝ったからと言って、それを忘れてはいけないわけで、自分のついた嘘、ハッタリを自分で信じ込んでどうするんでしょうか? 余所を知らない熱狂的な人達の賞賛に囲まれて、自社のサービスの改善を放置する怠慢。3DSやWiiUにおける任天堂の苦労は、ほとんどそれが原因じゃないですか? 怠惰こそ真の傲慢。

『FE覚醒』はそういう意味では、ひさしぶりに評価できる一歩でした。しかし『どうぶつの森』あたりでは追加DLCの販売をおこなわず、退行現象をさらしてしまうのかな、と思わなくもなく、やっぱり失望するんだろうな、と前もって失望しておきましょう。

ま、ディズニーも一時期は完全に前時代型の経営に陥り、何度かの経営者交代を経て、環境変化に再適応しましたからね。莫大なIP資産と資金があれば、何とでもなるという事例です。長大な歴史的観点に立てば、現状の前時代性など、膿を出すまでの失敗喜劇にすぎないのかもしれません。

いずれにしても原始人にマッチを与えて神の奇蹟として賞賛される時代は終わった、と言っていいでしょう。


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コメント

ぶつ森は課金やるでしょ。あれほど課金に適したゲームないっしょ・・・

>shake さん
課金に適したタイトルではあるし、ぜひ課金という次の段階へ進化してほしいんですが、ある意味、嫌がるユーザーが最も多そうですからね(苦笑
ラウドマイノリティの声に負けてしまうんじゃないかと心配してます。

『FE覚醒』でも、追加DLCが早すぎるとか、高すぎるとか(あの価格でその感想は理解不能)、ある種の熱狂的なユーザーほど、乞食というと失礼だが、感情的な発言を繰り返していたのが印象的です。任天堂は金持ち企業なんだから太っ腹対応が当たり前という感覚に慣れすぎているのでは。大赤字を出しているわけですし、そもそも無料で配信が当たり前では、サードパーティが商売できず、サードパーティが儲からなければWiiの二の舞ですよ。

追加課金しないで、無料で更新や配信を続けるには限度があります。
課金に踏み切るという事は、頻繁なアップデートや配信をコミットするという事とほぼ同義でもあり、そういう適切な方向へ進んでほしいと思いますね。

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