Latest Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

バズマーケティングというか、ユーザーとの合意形成の話なのかね。

くねくねハニィの「最近どうよ?」(その37):ゆる~い北米取材報告 -GDCもね♪-
日本が期待した「Bayonetta」は2月末現在でマルチ(Xbox 360/PS3)で20万本超。あれ、確か各種レビューでも高得点だったはずなのに……。残念ながらランキングには載ってきませんでした。なぜ爆発しなかったのか? といろんな調査をしてみたけど、人によってゲーム性やキャラ性、ストーリーなどなどいろんな意見があり、総合してみるとユーザーにタイトル認知がイマイチ届いてなかったってことが大きな原因……みたい。確かにコアゲーマー向けには認知されているタイトルではあるけど、一般ユーザーに対してのアピールが足りなかったのかな。

現在はもっと伸びているようだけど、もっと米国で売れてもいいのに、という意見はうなずけます。神谷氏のゲームの固定ファンが買ってるだけという感じなんですよね。内容はいいのに。

高評価の割りに売上が伸び切れてない理由は何か。これまで説得力ある明快な分析を聞いた試しが無い。

プロモーション面の比較対象としてあがっているのが『Just Dance』。
海外市場で日本のゲームが全般的に苦戦しているのは、開発力や企画力の問題だけじゃなくて、売り方も大きいですよね・・・・。
「Just Dance」はUbisoftが発売したダンスゲーム。バランスボードを使わず、リモートコントローラとヌンチャクのみでダンスする、とっつきやすいゲームなのね。もちろん「U can't touch this」など有名曲を使っていることも訴求ポイントだけど、FacebookやTwitterなどでゲームのコミュニティを通して、コンテストをしていることを告知。ユーザーは「JUST DANCE」のサイトに登録して、Youtubeにダンス動画を投稿するのだけど、週に1人勝者が選ばれて、勝者には1000ドル(約9万4千円)の賞金が贈られるというプロモーション(2010年1月11日~3月31日の10週にわたって行われた)なのよ。

 このプロモーションのポイントは、賞金があるってことよりも、実はYoutube上でコミュニティとして盛り上がるってことで、実はまんま「バイラル(口コミ)マーケティング」の成功例とも言えましょう。実は、ソフトを購入していなくても応募者になれるってことから考えても、「直接ソフトを売る」ことでなく「コミュニティを盛り上げる」ことが直接の目的であることが垣間見えますね~。2009年11月に発売したこのソフト、2010年2月末時点で 90万本近く売り上げてますよ。恐るべし、口コミマーケティング。
今時はさ
   買ってもらうには
  →遊んでもらって内容の良さを知ってもらうには
  →ネットで体験版配信
  →落として遊んでみたくなるように誘導
  →動画を観たり、記事を読んでみたくなる誘導
  →動画や記事が話題になるような仕掛け

ぐらいの段取りが必要になってますよね。カジュアルユーザー相手なら、莫大な広告費を投じて大量のCMで押すという手もありますが、ゲームファン相手には通じにくい。

「固定ファン」を掴んでいるクリエイターやブランドは良いけど、開発費が高騰している以上、そのままの母数でいいわけじゃない。「固定ファン」の壁を越えるか、従来のお客さんからもっとたくさんお金を取る方法を作るか、どちらかが必要になってきています。

かつて「購入厨」という言葉が生まれた時はなかなかショッキングだったけど、今は「プレイ厨」という言葉が普通に流通してそうだものなー。まあニコニコ御三家なんて、未プレイユーザーの方が多いだろうしね。ゲーム遊んでなくて同人誌描いてる人も珍しくないし。

プレイする価値の高さを再認識&再定義する人達と、プレイする価値を感じない人達が両方発生しているのが現状で、結果として希薄化と濃密化が同時並列的に進行しているので、プロプレイヤーへの注目が高まったり、という現象も起きてるんでしょうね。

たぶんプレイする事その物が至上価値であるとより強く主張する路線と、プレイなんてしなくていいと主張する路線に分かれていくんでしょう。後者の代表は『アイマス』。開発者のブログが象徴的ですよね。『ラブプラス』も割とそっち寄り。ギャルゲーの系譜でこの路線が盛んなのは、キャラクターへの愛の表明手段は無限であって、ゲームというインターフェイスに制限されるいかなる理由も存在しない、って事なんでしょう。


東方はプレイしてない参加者が非常に多いコミュニティの割りに、プレイする事の価値が保持されている、非常に興味深い事例ですね。ユーザー年齢が低くて恐ろしく無秩序に見えても、プレイ動画は上げても、エンディングは絶対に上げないという不文律がきちんと守られてます。ZUN氏が提示した通りではなく、ユーザーコミュニティ側に都合良く解釈されちゃって変質した部分もあるけど、提供者側の干渉によって「不文律」が意識的に形成されています。

逆に不文律の成立に失敗した事例もあります。

対象年齢が高いノベルゲーム界隈はひどくて、ノベルゲームの全編をアップロードしちゃう奴がいて、しかも「俺は宣伝してやっている」と居直ってたり。どことは言わんけど、大手の評論サイトであっても、「中古で入手も困難な数年前のゲームなら、アップロードもやむなし」みたいな事を平然と書いてたり。要するに「不文律」ができてない。

作り手側がユーザーコミュニティ内の「不文律」の形成にどう関与するか。そこは意識的にやっていかざるを得ない時代なんだと思います。でなければ、デジタルコンテンツは無料と無関心の混沌の海に沈んでいく他ない。


スポンサーサイト

コメント

個人的にはパッケージの絵柄も重要じゃないかなぁ~と思ってます。
私個人での主観ですがパッケージ絵が良いとそれだけでも購入意欲がわきますね。

ニコニコの場合というかネットでもそうですけどネットだとプレイしたかどうかわかりませんしね。
個人的にブログであげている人とかはわかる場合が多いですけど
プレイ動画を上げるなとは思いませんけど、所々重要そうな部分を飛ばしてだしてほしいかなと思いますね。
そうすればそこの部分が気になってそのソフトを買おうと気になる~……かもしれませんしね。

>朝霧 さん
> ネットだとプレイしたかどうかわかりませんしね。
アフィリエイト系ブログの場合、取り上げている数が多いため、そういう疑惑は常につきまとうようですね。ファミ通のクロスレビューを笑えないのが実情でしょう。とはいえ、ネガティブな評価については、恐ろしく伝播しますからね。正の影響力よりも負の影響力のほうが大きいのかもしれません。

しかしゲーム雑誌をふくめて、明らかに遊びこんでいると感じる文章って、少ないですけどね。この人はやりこんでるな、と誰もが感じるのって、桜井氏の連載ぐらいでしょう。

『北斗無双』についても、始めの部分しか遊んでないようなレビューがネットで横行していましたけど、桜井氏のコラムは奥の深さをしっかり書き出しており、ゲームファンなら誰もが好感をもてる内容。制作者云々の前に、一介のゲーム好きである、という姿勢がはっきり出ていますね。

まあアフィリエイトを基軸とした個人ブログと、原稿料が出るコラムを同列に並べても仕方ないし、雑誌においても、あの水準で書いている人は他に見かけませんが。

実の所、どの程度プレイしたかどうかなんて他人にはわからないんですよ。しかし作品への愛がある文章をみれば、「きっとこの人は長時間プレイしたに違いない」と感じるし、愛がない文章をみると、「こいつは遊んでないに違いない」って感じるんでしょうね。

裏付けがあるかどうかではなく、愛があるかどうかがポイント。

もっとも、『北斗無双』の「成長するまでは本当の面白さがわからない」点は、商品として問題ではあるわけで、ネット上の「こんなモッサリゲームは無双じゃない!」という意見が間違いではありません。

どちらが正しいかではないのですよね。愛の有無かな。
まあ、「無双じゃない!」発言だって、無双シリーズへの愛ゆえに出てきてるわけだから、愛の形が違うということでしょうね。尽くす愛かどうか。


>プレイ動画を上げるなとは思いませんけど、所々重要そうな部分を飛ばしてだして
宣伝を自称するなら、それぐらいの配慮はほしいところですが、宣伝の皮を被った「神になりたい願望」なのでしょうね。

 東方界隈で神主の意向を重視する傾向が強いのは、無償(厳密には様々なフィードバックあるでしょうけど)で二次創作権を解放してくれている事への敬意が大きいのかなと
 あとは可能な限り明文化してるところですか。

ユーザとの合意形成する時は、法解釈対策や関連権利者の方ばかり向かないで、ファン視点で何が求められているのかを理解していかないと上手くいかないのでしょうね

>乾き犬 さん
「敬意」のあり方の違いは面白いですよね。
権利者と二次創作者の対立というものは、商業的な枠組みの問題であって、本質的には二次創作者、三次創作者は一次創作者に対して、敬意を抱ける、ごく自然に。その証明ではあるのでしょう。

ビジネス=金銭的な可視化という点での課題はあるにしても、1つのあり方を示したといえますね。ビジネス面で最も先駆的な企業の1つがバンダイナムコですが、”コミュニティ運営”という点では、去年は失点が続きましたね。

> http://d.hatena.ne.jp/gouzou/20100430
> ニコマス作るのにアイマスいらないよね

この記事は、煽り成分や残念なコメントを意図的に集約しているわけだし、ある種の皮肉もこめられてるわけですが、ニコマス派とアイマス派の意識の違いがあらためて浮き彫りになって面白い。

UGCという観点からすれば、ゲーム素材にこだわらなくなった時点で、ニコマスが次の進化に達した、素晴らしい出来事。アイマス派がどう感じるかは知らん。

ただ、まあ、バンナムの中の人が開発者ブログで、もう、ゲームをプレイしてもらうことにこだわってません、というような発言をしてるわけだし、アイマスが売れることが目的化される必要性なんて微塵もないんじゃないのかな。

バンナムにとっての課題は、ニコマスの人気をパッケージソフトやDLCの売上にどうやって繋げるか、ではなくて、アイマスがこれから先1本も売れなくなったとしても、儲かる方法を考えることだと思いますよ。極論すれば、そういう事。

たかが10万本、20万本と、付随するDLCだけでは、どのみちビジネスとしては小さすぎる。そんな事の先にバンナムの未来は無いでしょ。

アイマスを生み出したのはナムコだけど、商売論としてはバンダイ的であるべきなんですよ。無料のテレビ放送を通して、ライダーとかガンダムとか放送して、その上で玩具やプラモや映像やゲームやコミックやその他諸々を売ってきたように、関連グッズが売れて儲かればいいわけです。ゲームはあくまで関連グッズの1つに過ぎないし、(関連グッズの種類が拡大し、全体売上が大きくなって)ゲームのグッズ全体に占める比率が低くなる方が好ましい。

仮に始まりがアイマスというゲームだったとしても、そこにこだわっていたら、5年後、10年後にアイマスが今の勢いを持続できてるかと言えばたぶん無理ですよ。ときメモみたいになってるのが目に見える。5年後、10年後に今以上の存在にしたいのであれば、ゲームはニコマスの関連グッズに過ぎない、というぐらいの度量がなければ。

そういうエコシステムを作った時に、バンナムの商品が独占的かつ、非常に高い売上を達成するには、「敬意」が必要なのか何が必要なのか、大切なのはそこなのでしょうね。

コメントの投稿

メールアドレスおよび名前の無い投稿はすべて掲載不許可となります。また明らかに偽のアドレスの場合も不許可です。

管理者にだけ表示を許可する

«  | HOME |  »

2017-05

  • «
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • 10
  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • 24
  • 25
  • 26
  • 27
  • 28
  • 29
  • 30
  • 31
  • »

検索



カテゴリー

月別アーカイブ

最近の記事

最近のコメント

連絡先

RSSフィード

忍者カウンター

 

 

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。