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愛らしさ、ナンバーワン 『夜は短し歩けよ乙女』

夜は短し歩けよ乙女森見登美彦

デビュー作『太陽の塔』の印象が強くて、森見登美彦というと、どうにも暑苦しい、汗臭い小説を書くイメージを抱いていた。いや、この本も男の視点、「先輩」なる人物の一人称はあいかわらずの濃厚なとんこつスープだ。妄想と現実が溶け合い、筋書きは荒唐無稽な乱痴気さわぎのなかに埋没し、愚直なまでに一途な妄念を抱いた男は、一直線に(?)迷走する。

そのままでは、多くの一般人は耐えられない。森見登美彦が知る人ぞ知るマイナーな作家というポジションだったのも、やむなきかな。ところがこの小説で、森見登美彦は新しいメニューを読者の前に供してみせる。脂ぎったとんこつとあわせて、クリームあんみつを盆に載せて差し出したのである。「黒髪の乙女」の一人称がそれだ。

この本は妄想男と天然娘の2人の視点で物語が進む。妄想男の妄想はやはり暑苦しいのだけれど、天然娘のかわいらしさが効いて、臭みとクドさを感じさせない。彼女の考えること、やること、なすこと、あれもこれもどれも可愛らしい!

主人公は京都大学の学生で、後輩の「黒髪の乙女」に一目ぼれした。素直に告白するかと思えば、まず外堀から埋めると称して、彼女をつけ回す。「たまたま出会う」「偶然いっしょになる」という運命のいたずらを演出すべく、後輩を追跡する姿はただの変態である。京都を舞台にしたストーカー小説と間違われてもおかしくない。

もっとも、彼の懸命な努力にもかかわらず、素直な性格の「黒髪の乙女」は、本当に偶然だと受け止めている。妄想男と天然娘の組み合わせは恐ろしい。「先輩」は変態扱いされて、嫌われることはないものの、なかなか親密になれない。

この小説の中で、二人はすれ違い続ける。近づいてるのか、遠ざかってるのか、ちっとも分からない。「先輩」が街中で襲われてズボンとパンツを奪われているとき、悪性の風邪をひいて臥せっているとき、「黒髪の乙女」は別の場所で、まったく関係ないことをしている。「乙女」がガチンコの飲み比べをしているとき、緋鯉を背負って学園祭を練り歩いているとき、「先輩」はやはり別の場所にいるのである。

かくして「先輩」は日夜、悶々と妄念を働かせ続ける。一方「乙女」も持ち前の天然ぶりを発揮して、この世の不思議と渡り合っていく。森見登美彦の手にかかれば、現代の京都は魔都の中の魔都になる。妄想と現実が溶け合い、宙に浮かぶ天狗、古本市の神様、学園祭を騒がす偏屈王に韋駄天コタツ。次から次へと、怪異が飛び出す。

騒ぎに騒ぎまくり、妄想と現実の境界がいよいよ怪しくなった果てに、幸せなエンディングにたどり着く。お祭り騒ぎの狂騒っぷりと、宴のあとのさびしさ。それは何となく、『うる星やつら』を、とりわけ『ビューティフルドリーマー』を思い出させる(念のために書いておくが、オチは違う)。

このラブコメ小説には、あえて「恋愛喜劇」という持って回った言い回しを使いたい。それにしても、この小説の文章の巧みな愛くるしさは、尋常ではない。
「親指をひっそりと内に隠して、堅く握ろうにも握られない。そのそっとひそませる親指こそが愛なのです」
 彼女はそう語った。
 幼い頃、彼女は姉からおともだちパンチを伝授された。姉は次のように語った。
「よろしいですか。女たるもの、のべつまくなし鉄拳をふるってはいけません。けれどもこの広い世の中、聖人君子などはほんの一握り、残るは腐れ外道かド阿呆か、そうでなければ腐れ外道でありかつド阿呆です。ですから、ふるいたくない鉄拳を敢えてふるわねばならぬ時もある。そんなときは私の教えたおともだちパンチをお使いなさい。堅く握った拳には愛がないけれども、おともだちパンチには愛がある。愛に満ちたおともだちパンチを駆使して優雅に世を渡ってこそ、美しく調和のある人生が開けるのです」

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テーマ:文学・小説 - ジャンル:小説・文学

タグ:夜は短し歩けよ乙女  森見登美彦  

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