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UGCの幻想と現実と・・・・

去年はUGCを意識したゲームが各社から発売され、ゲーム業界の「UGC元年」という感じでした。ウィルライト氏が多大な年月を掛けて作り上げたビッグプロジェクト『Spore』、Wiiシリーズ最新作『WiiMusic』、SCEが全世界でプッシュした『リトルビッグプラネット』。いずれも、最大手クラスの企業が鳴り物入りで投入したタイトルです。

しかしその結果はどうでしょう・・・・?
いずれのソフトも売れなかったわけではありませんが、期待に届きませんでした。


クリエイターツールが一番面白かったSpore

上記のソフトの中でも、おそらく最大の予算と期間を投じて作られたのが『Spore』です。発表までに5年、発表されてから3年かかって発売された超大作。鬼才ウィルライト氏の構想をもとに、プロシージャル技術を惜しみなく使い、「未来のゲーム」として注目を集めていました。EAもSimsのような大ヒットを期待していたのでしょう。

しかしコアユーザーが最初に飛びついた後は、しばらくして売上カーブは落ち着いてしまい、Simsのようには広がりませんでした。

奥谷海人のAccess Accepted / 第217回:苦戦を続けるEAの再起はなるか?
この意外と短かかったSporeの製品寿命については,初動の数か月間で熱狂的なファンが購入し終わってそれっきりという,コアゲーマー型のセールスカーブになっていたと分析されている。当初,EA側はSporeが「The Sims」シリーズのような長寿タイトルになることを期待していたはずだが,このあたりは誤算だったと見るべきだろう。
Simsのような大ヒットにならなかった第1の理由は、人間をテーマにしたSimsと奇っ怪なクリーチャーをテーマにしたSporeでは、カジュアル層の受けが違ったことです。

他には、作ったクリーチャーのゲームへの影響が(見た目の変化の大きさの割りに)意外と少なかった事や、宇宙に出てからの展開が(待たされたユーザーのふくらんだ)期待感に応えきれなかったのも残念でした。結局、クリエイターツールが一番面白かったという・・・・。

(6月に発売される拡張パックで、3Dアドベンチャーが遊べるようになるのはファンにはうれしい機能追加かも。『ラクガキ王国2』を思い出してしまいましたが)


エディタが複雑すぎたリトルビッグプラネット

『リトルビッグプラネット』もまた、未来のゲームとして高く賞賛されたソフトです。物理エンジンを使った2.5Dアクションゲームというだけでなく、コンストラクションツールを実装し、ユーザーがお互いの作ったステージで遊べます。ローカルとネットワーク混在で、4人で協力して遊べる点など、意欲的な内容が多く、技術的にも、ユーザー作成コンテンツの共有という点でも斬新でした。

SCEが全世界で販促をおこない、PS3らしいタイトルとして押し出したのもわかります。しかし結果論で言えば、本体を大幅に牽引する効果もなく、ファミリー層やカジュアル層を取り込む役割を果たせませんでした。

チュートリアルが長く、ゲームの面白さを理解するまでに時間が掛かります。ステージを作成するエディタ機能は、ゲーム機のコントローラで操作するにはあまりに煩雑でした。作られたコンテンツだけ遊びたい人にとっては、退屈なチュートリアルが長く、誰かが作った玉石混淆のステージは未完成の物も多く混じっていて、楽しむまでの敷居が高いゲームでした。


敷居の低さにこだわったWiiMusic

『WiiMusic』はアレンジした曲のパッケージを作れたり、Wiiシリーズでは初めてネット対応になるなど、遊び手のクリエイティビティーを意識していました。こちらは『リトルビッグプラネット』とは逆に、敷居の低さにこだわっていました。誰が演奏しても「失敗」が無く、コンピュータが勝手に点数をつけるのではなく、自分で採点する方式でした。

しかしそれが従来のWiiシリーズと大きく異なるコンセプトだったことも事実です。従来のWiiシリーズは直感的・体感的なプレイ体験を売りにしており、高度な遊び(クリエイティブ)は要求しないし、ネットワークにも非対応でした。

従来のユーザーが期待するものより、ちょっと高度で複雑なところに行ってしまった印象を受けます。一方、『バンブラDX』や『KORG DS-10』のような、本格的なソフトに比べると、奥深さが足りないという印象を抱きやすく、敷居の低さが底の浅さにつながっている、と受け取られやすかった。

実際、開発者インタビュー(発売前と発売後の2回おこなうという異例なスタイル)では、アレンジの奥深さや、1人でアレンジしても面白いことが強調されていました。しかし「家族で気軽に楽しむ」という従来のWiiシリーズとは異なる要素だったのも確かで、作品コンセプトを伝える難しさが浮き彫りになりました。

敷居を下げることと奥深さを感じてもらうこと、この2つを両立させるのはなかなか難題のようです。


ゲームとエディタの同居の意外な難しさ

一般に、ソフトにUGC要素(エディタ)を加えることで、コンテンツの寿命が延びていく、つまり商品寿命が長くなる、と考えられています。しかし上記の3つのソフトにおいては、まったく逆の現象が起きていることに注意しなければなりません。

メジャーなマーケットを狙っているソフトにUGC要素(エディタ)を入れると、面白さのポイントが複数に分かれ、魅力が伝えにくくなってしまいました。3つのソフトに共通するのが、商品の魅力をうまく伝えられなかったことです。マス向けの商品では、商品コンセプトや魅力を一言でいえることが重要ですが、面白さのポイントがてんこ盛りで、焦点がぼやけてしまったのです。

また、UGC要素(エディタ)を入れたことで、複雑さが増して、ユーザー層がややマニアックになり、幅広いユーザーに浸透しませんでした。せっかくのUGCも、他人が作ったコンテンツを積極的に探して楽しむのは一部の限られたユーザーでした。

同じような問題は、先日発売された『メイドイン俺』でも起きています。ツクール系としては好調な売上といえますが、初週で10万本突破してないのは携帯機版では初めて。売上は止まっていないものの、従来に比べると、毎週の販売ペースは鈍い。動画サイトでは盛り上がっても、販売に結びついているかというと、疑問です。


ツールとUGCの相性の良さ

メジャーなタイトルの事例を見ていくと、UGCとゲームの相性が(売上を高めるという点では)必ずしも良くないことがわかります。しかし逆にもっとマイナーなゲーム、いえツールに関しては逆の現象が起きています。

『バンブラDX』はうまくいった例でしょう。元々、マニアックなユーザー層をターゲットにしていますし、ツール性が高いソフトのため、UGC性を組み込んでも、ゲームの魅力がぼやけることもなく、むしろツールの出力先が増えるのですから、商品の魅力が単純にアップしています。

マニア層の注目を集めた『KORG DS-10』も、動画サイトに動画が投稿されることが販売増につながっています。ゲームではありませんが、ボーカロイドブームもニコニコ動画と切っても切り離せません。クリプトンの事例を見ても、ツールとUGCは相性が良い。


まとめ

UGCはゲームソフトの商品寿命を伸ばすプラスの効果がある、という風に考えられていますが、メジャータイトルにおいては逆の効果をもたらすケースが目につきます。
  • 「遊ぶ」が目的のコンシューマーと「作る」が目的のクリエイターの両方を相手にするため、商品の売りがぼやけてしまう。
  • 大量のコンテンツの中から、面白いコンテンツを見つけるのは手間で、カジュアルなユーザーには難度が高い。
  • ゲーム性とクリエイション性が矛盾するケースがあり、ゲームへの影響が小さいと、ディープなユーザーは失望してしまう。
  • 手軽さを強調すれば、奥深さが無いと思われやすく、一方で奥深さを強調すれば、面倒くささが際だってしまう。
  • もともと「作る」ことが目的のツールの場合、UGCによって「作る」機能が強化され、プラスの効果をもたらす。

割とネガティブめな結論に落ち着きましたが、ゲームとUGCの未来は暗い、と言いたいわけではなく、従来のゲームの構造や売り方に問題がある、と感じています。「UGCは商品寿命を伸ばす」などという根拠の無い信仰はもはや論外ですが、これから試行錯誤が続くのでしょう。

そういう意味では、『うごメモ』は興味深いサービスです。まあビジネスになってるかというと、まだまだこれからのように見えますが。任天堂側は無料で提供してますし、はてなは・・・・採算取れてるかどうかは疑問です。

(広告もナイキとアドセンスぐらいですしね。まあ小学生が多いコミュニティなので、ターゲット層がはっきりしてる分、広告営業はやりやすそうですが。とはいえ、ブックマーク、ダイアリーと共に有料オプションが始まったわけで、広告だけでは厳しいんでしょうけどね。)

まあしかし、それでもUGCから逃げるわけにもいかない。そういう予感は日増しに強まってますが、その辺は今度書く・・・・かも。


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コメント

どうぶつの森を村エディターと捉えればUGCと考えてもいいのでしょうかね?

>きとさん さん
この記事の文脈では、UGCに含めてません。
広義のUGCといえば、UGCですね。

まあゲーム業界のUGCという言葉はけっこう曖昧で、概念としては昔から存在するんだけど、単語としては新しいんで。ネット業界ではWeb2.0ブームがあって、CGMという言葉でいわれてるんだけど、CGMにははてなブックマークなんかも含まれるんです。

で、その感覚でいうと、アバターでパーツを選ぶとか、MiiのデザインでもUGCに入っちゃう。でもそれらと、『リトグビッグプラネット』や『バンブラDX』を同列に論じるのって、違和感がありますからね。

コミュニケーションにおいてコンテンツの流通の比重が高い物をUGCと呼ぶべきなんじゃないか、と思ってます。少なくとも僕が議論する際の意識の中には、そういうイメージが浮かんでいます。

『どうぶつの森』をUGCと呼んじゃうと、ある種のシミュレーションゲームなんかもUGCになりかねないし、プレイ動画なんかもUGCになっちゃうし、割と区別がつかなくなるというか。まあキッチリ線引きできる物ではないんだけど。議論としてはゴチャゴチャしちゃうんで、「作る」「編集する」「アレンジする」ことに力点を置いたソフトを「UGC」と呼ぼうかな、と。

『どうぶつの森』の場合、作ることにフォーカスしてるわけではないので、コミュニケーションゲームと呼んだ方が適切かな、と。服エディタは立派にUGCではあるんですけどね。でも、『おいでよ』の頃には、ゲーム業界の中ではUGC、UGCとは、言われてませんでしたね。

うーん。やはりUGCという言葉がよく言われるようになったのって、ニコニコ動画以降なんじゃないか、という気がしますね。それだけインパクトがあったという事だと思います。


で、ちょっと定義というか区分けの話で言うと、僕はマルチプレイのゲームの要素を4つぐらいに分けて考えていて、

対戦(競争): マリオカート、対戦FPS、スマブラ
協力: モンハン、Left 4 Dead
コミュニケーション: どうぶつの森
UGC: リトルビッグプラネット

という感じかな。もちろん1つのタイトルの中に、対戦と協力モード両方あるのも存在しますけどね。

で、ある時期は、「対戦」が多かったわけですよ。けれどもプレイヤーというかゲーマーの腕の差が広がって、プレイヤーの腕の差をシステムで吸収して、快適なサービスを提供するのが難しくなったり、ユーザー層が広がりにくくなってしまったんですね。

それで最近は非「対戦」ゲームが増えてきた、と。
「協力」型のゲームが増えてるのは、腕の差を吸収しやすいからなんです。単純にいうと、対戦ゲームの場合、上手い人が下手な人を誘いにくいじゃないですか(笑 お前、鴨を増やす気か、とか、接待プレイかよ、とか。協力型のゲームの方が、上手い人と下手な人が共存しやすい構造なんで、そちらが増えてくるのは必然ではありますね。

まあ任天堂の偉い人は、対戦型のオンラインゲームの問題点については言及してましたが・・・・。でもその割りに任天堂は、対戦型のゲームが多いんですけどね。コミュニケーションゲームや、UGC型にもアプローチしてますけど、協力型は意外と弱いんですよね・・・・。

『4つの剣』も上手くいってなかったし・・・・というか、GC版は3つモードあるうち、2つが競争型ですし。協力型よりも、対戦(競争)型に引き寄せてしまいがち。あるいは、協力型を飛び越して、ゲーム性が極端に下がって、コミュニケーション型になっちゃう。

そういう意味では、『モンハン』(のような遊び)を任天堂は作れなかったし、忍耐づよく掘ってなかったな、と。なので、プロジェクトソラでは、その辺を掘ってるんじゃないかな、と勝手に思ってますが・・・・。まさか、また対戦ゲームじゃないだろう、と。桜井氏が『どうぶつの森』みたいなゲームや、 UGC型のゲームを作ってるのも、なんか想像しにくいですしね。

スマブラもステージメイクみたいなのがあってアップロードできるような話を
聞いていたのですが、あれも流行ってはいないのでしょうかね?
全然情報聞かないので、おそらくあまり流行ってないとは思うのですが

個人的にはアニメーションブログツールみたいなものができると
売上はともかく地味に受けるのではないかと思います。
キャラクターに自分で作成した記事を読ませるとかで。
イメージとしてはトロステメーカーなんですが

>のりのり さん
スマブラでステージを作っても・・・・。
オリキャラ作れたりする方が受けますよね。

まあ著作権とか色々考えると、難しそうだけど。

力の入った記事ですね。

的外れかも知れませんが、コメント欄のやりとりを見て思いついた事を少し書きます。

ゲームの快感って基本的に"破壊"だと思います。
エディタはその逆で、"創造"する訳ですが。

とすると、DAKINIさんの考えを勝手に取り入れて、私なりに適当に解釈すると、

(1)ゲーム(プレイヤー/主人公側:破壊/解く(解体/解読))←→エディタ(ゲームマスター/環境構築側:創る(創造/創作)/構築)
という対立軸が一つあり、
(2)対戦(上記の組み合わせ、すなわち、プレイヤーとプレイヤー、プレイヤーとゲームマスター、ゲームマスターとゲームマスターのパターン)←→協力(前者と同じパターンが考えられる)
という対立軸が一つあり、異要素、中立軸(?)として、
(3)コミュニケーション/保守
の的な要素があるのではないかと思います。

リトルビッグプラネットのように一番一般的なのが、(1)の対立するゲームとエディタという2つの要素を一つのパッケージにしてみました、という昔ながらの方法ということだと思います。誰かが面を創り、誰かが解く。

で、単純に考えると、A列車やシムシティのように「創るゲーム」があるなら、ステージを創る事自体をゲームにしてしまえばいいという考えもあるでしょうし(箱庭的なものしか作れない様な気もしますが)、さらに言えば、「破壊する(完成品をグチャグチャにして、ステージを創るような?)エディタ」の様な考えもありだと思います。

(2)の要素も入れれば、協力したり、対立したりしてステージを創るという考えもあるでしょうし。

まあ、でも、それを「面白くする」にはどうしたらいいか?というのが最大の問題である訳ですが。

ただ、ちょっと思うのは、創るのってやはり大変だよな、という事です。個人的には、例えば、「絵を描く」事に対する、「写真を撮る」的なアプローチが、(ゲームという形式において)求められている手軽さであり、きとさんさんのおっしゃる通り、ぶつ森的な「それって、ゲームなの?」というか、「それって、エディタなの?」的なものが多数に受けるようなマス向け商品になるような気もします。

あるいは、某所で女性のゲーム観を読んでいて思ったのですが、どうも、彼女たちのゲーム観は「編み物を編む感覚」に近いのではないかと思います。忘我的に、作業的に、ゲームをする。多分、そんな感覚で創れるコンストラクションモードがあれば、また、別の可能性が出てくるような。

もう一点。
> 大量のコンテンツの中から、面白いコンテンツを見つけるのは手間で、カジュアルなユーザーには難度が高い。
について。

前々から言われていますが、雑誌における"編集者"の様な機能を実現するシステムを洗練させて行く必要があるんでしょうね。

>bin3336 さん
> 「絵を描く」事に対する、「写真を撮る」的なアプローチ
『メイドイン俺』が意外だったのは、「写真を撮る」より「絵を描く」型のアプローチだったことですね。チュートリアルは丁寧で、厚みがあるけど、中身はガチのツクール系でした。

もっとチャラっと作れるぐらいがワリオっぽい気もしましたが・・・・。まー、DSi専用だったら、もっと色々やれたのかな、と。


>ぶつ森的な「それって、ゲームなの?」
任天堂のゲーム、特に看板タイトルは、手触り感の積み重ねが凄いので、コミュニケーションゲームは向いてますね。コンシューマーでは、任天堂のほとんど独壇場だと思います。

雰囲気は異なりますが、コミュニケーションゲームを作れるプラットフォームはケータイぐらいで、グリーのクリノッペ、釣りスタあたりは良くできてますね。

僕の分類で言うと、それぞれ
 A) 対戦: 携帯ゲーム機
 B) 協力: 携帯ゲーム機
 C) コミュ: ケータイ、DS
 D) UGC: PC
が最適なプラットフォームだと思ってます。

360, PS3はAとBを頑張るほかないので、そこを強化してますね。WiiはA~Dのどれにも当てはまらない感じがね・・・・。あえていえば、Aかなあ・・・・パーティゲーム=家族や友達で対戦するゲームが多いので。

まあ任天堂は、パーティゲームや子供向けのゲームが強いから、どうしても対戦寄りになっちゃうんでしょうね。子供は友達の家で遊んで負けると、悔しくて練習するために自分でもゲームを買う、という玩具業界的なセオリーがありますから。

ただ、年齢あがって、中高生、さらに大学生になると、対戦だけでは辛いわけですよ。腕の差が広がってくると、コミュニケーションツールとして役に立たなくなってくるから。年齢と共に任天堂を「卒業」しちゃうのは、キャラクターや絵柄だけでなくて、ゲームの構造として、辛いからでしょう。それを突きつけたのがPSPであり、モンハン。

さらに年齢が上がって、30overになると、友達と集まってマルチプレイなんてしないから、1人でちくちく遊べるゲーム、クラシックなタイトルとか、そういうのが売れるわけです。まあDSやWiiのバーチャルコンソールですね。

大人になって、ゲームに興味が無くなった人は、家族でたまに遊べばいい、って状態だから、パーティゲーム=家族で対戦で良いですしね。

僕のいう4つの要素も、あくまでそれを売りにしているという事であって、他の要素を一切もたないという意味ではありません。『どうぶつの森』にはUGCの要素はあるけど、比重はコミュニケーションだろうな、と。>「それって、エディタなの?」的な


UGCというのは、かなりマニアックな世界だし、作って評価されるというのは過酷さを伴うので、その構造をそのままメジャーなゲームに本格的に取り込むのは難しいでしょうね。誰も自分で、テレビ番組製作したり、芸能界やりたくないでしょう。

じゃあYouTubeやニコニコ動画はどうなんだ、あれはメジャーなメディアになったんじゃないのか、と言われれば、要はあれはテレビなんですよね。テレビの裏側なんて、ほとんどの視聴者は関わりたくないし、気にしてない。

ニコニコ動画も、作り手と受け手の側にメディアの壁があるんですよ。閲覧する人=お茶の間でテレビを観てる人、コメントする人=スタジオにお越しの皆さん、というだけ。簡単にスタジオに来れるようになったから、距離が縮まったように感じるだけで。

狭い意味でのUGCは、テレビの裏側の構造を体験させようっていう事だし、広い意味でのUGCは、プレイ動画だって、プレイする人/それを観る人の関係が成り立つならUGCですよ。でもそれって、じゃあ、映画にもなったプレイ動画ということで、高橋名人が最強ってことだから(笑 UGCって、ちっとも新しくないよね、という。

いや、もちろん、新しくないんだけども。
それを言い出すと、議論が拡散しちゃって収拾つかんなあ、と思うので、僕は狭い意味のUGCについて記事にしたんです。

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