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あ、戻れない選択肢を選んだね。『俺の妹がこんなに可愛いわけがない 7』


恋愛編突入。
というだけあって、割と重めになった巻。3巻以降、引きの部分を重視しているこのシリーズ、前巻6巻の引きも十分気になる内容だった。

最初は前巻から予想のつきやすい展開から始まるが、無論ただのネタで終わらせることはないのがこの作品。予想以上に重い展開へとつながっていく。桐乃派、黒猫派、どちらも色々と悶えるのは間違いない。

こういう展開になる可能性はあったが、本当にこうするとはな・・・・と感じたのも事実。これ以上は内容に触れないが、大きな展開があった。


桐乃が大好きなエロゲーではないが、選ばれなかった選択肢はどれだけ可能性があったとしても起こらないのだし、選ばれなかったルートには決して入れない。例えば4巻に付けたアンケート葉書で5巻の内容を(どちらのルートにするか)決めたように、6巻においてあのダンボール箱の中のアルバムを見せてもらえなかった事に象徴されるように。
 人生ってのは、セーブデータの1つしかないエロゲーに似ている。
 一度決めた選択肢は、遡ってやり直すことはできないらしい。
作劇上の演出かもしれないし、作家と編集の間では実際に検討されたルートが存在するのかもしれない。

ゼロ年代のライトノベルやノベルゲームにはしばしば、描かれなかった物語が存在することを仄めかされる場合がある。西尾維新の戯れ言シリーズはそうした仄めかしの塊だし、『ひぐらし』『うみねこ』もメタ的な視点が前提になっているし、この『俺の妹』シリーズも例外ではない。

メタフィクションという手法は本質的に、読者を白けさせる危険性をはらんでいるが、ゼロ年代においては奇妙なことに、そうしたメタな構造を仄めかした作品にむしろ独特のリアリティを感じる。それは読者と作品のあり方が単にその2者だけで完結しなくなったという事。送り手と読者の関係が、メディアミックスやネットを含めた総体的なコミュニケーションになったのだろう。

それはつまり、作品をリアルタイムに体験することの価値が上がったのだ。そういう手法のほうが商売の上で都合が良いのだろうし、送り手の都合でもあり、同時にユーザーが望んだことでもあるのだろう。

5年後、10年後にはじめてこの作品を読んだ人は、おそらくここまで面白くは読めない。しかし古びない良さを追求することだけが正しいわけではないし、そもそもライトノベルというジャンルは世俗的なものであってよいのだろう。

アニメも始まって話題を集めているし、たかが7冊なら追いつくのもそう大変ではない。読んでみると、意外とシリアスと感じるかもしれないが、リーダビリティは高い。読み始めるなら今だろう。あとで読むという態度はちょっともったいない。

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2010-11

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