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「地獄までついていくか」なのか、「NOと言うのもファンの務め」なのか。

E3の感想をまとめようかなと思いつつ、長くなりそうな感じで、書ききれてません。

そういえばE3のおかげで『ゼノブレイド』が微妙に空気化してますが、やはり初週売上が低調でした。

ゼノを冠されたタイトルは右肩下がりで推移してますね。
今回、任天堂の莫大なCM投下があっても、この始末。
1998年02月発売:PS「ゼノギアス」51.3万本
2002月02月発売:PS2「ゼノサーガ エピソード I 力への意志」30.1万本
2004 年06月発売:PS2「ゼノサーガ エピソードII 善悪の彼岸」18.4万本
2006年07月発売:PS2「ゼノサーガ エピソードIII ツァラトゥストラはかく語りき」11.9万本
2010年06月発売:Wii「ゼノブレイド」8.3 万本
ネットを見ると、これまでゼノギアスやゼノサーガを遊んでいなかったユーザーも遊んでいるご様子ですが、従来ファンはどの程度動いたんでしょうかね?

仮に本作の購入者のうち7割が従来作品を買っていた層とすると、8.3万×7割=5.81万。
この人数は『ゼノサーガ エピソードⅢ』購入者の48.8%に当たります。
かなり多めに見積もっても、こんなものかな?

『エピソードⅢ』購入者はかなりのコアファンでしょうが、それでも約半数しか動かなかった、という事は、途中で「モナド」という名称から「ゼノ」を冠する名前に変更して、従来ファンを釣る作戦は、微妙な結果かな。見抜かれていたとも言えるし、Wiiで出した事で幻滅されたとも言えます。

『レギンレイブ』と光景が似ているなと思うのは、サンドロットも固定ファンがついていて、その半分ぐらいが動いたかな?という印象だったこと。固定ファンの一部と新規層が「神ゲー」「神ゲー」連呼してたけど、固定ファンを丸ごと動かすパワーは無かった。

(僕の印象論としては、そういう認識。実際クチコミでは動かなかった。盲信者系狂信者が「神げぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」と叫ぶ絶叫ゲームを楽しんでいらっしゃった、という状況ではないかな。楽しそうで何よりでした。)


ソフトの仕上げ方の問題かもしれないし、WiiのSDの問題かもしれないけど、固定ファンのついた会社(ブランド)やシリーズを利用するという作戦は、Wiiマーケットではそこまで強力ではない。

ま、『戦国無双3』や『テイルズ』の任天堂ハードでの苦戦を見れば、こういう結果も予想の範疇。固定ファンといえども、全員が「地獄までついていく」という考え方ではないでしょう。「NOというのもファンの務め」だと思います。

何をもって「地獄」と称するかは人によりますし、「地獄までついていく」派と「NOというのもファンの務め」派の比率も、実際にはケースバイケースでしょう。ただ、せいぜい半分ぐらいだと思っておけばいいんじゃないかな、と。


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「外交」の光った任天堂カンファレンス。そして今年のE3の真の主役は『メタルギア』?

各社のカンファレンスが終わってみると、マイクロソフトは前座、任天堂が本番、SCEは後片付けの清掃係でしたね。話題としては、3DSが完全な主役になりました。Wiiを含めて据置ゲーム機は、カンファレンスにおいては完全な脇役でした。

今回、Wiiと3DSは対照的でした。

3DSについては従来と異なり、サードパーティとの協調路線を強調しています。このブログで再三うたってきた「外交」姿勢の改善はおおいに評価したいですね。任天堂としても、ビジネスの主軸である携帯ゲーム機がWiiのようになってしまうのは、(その可能性が低かったとしても)全力で回避したかったのでしょう。

『キングダムハーツ』等はもともとDSでも発売されていましたから、冷静にタイトルラインナップを見れば、DSやWiiの頃とそこまで大差ないのですが、小島監督みずから手がける『メタルギア』のような意欲作を呼び込んだことは成果といえます。

現時点では映像デモやタイトルのみの発表がほとんどで、ローンチ時にどこまでタイトルが揃うかは未知数なものの、岩田社長みずからがサードパーティとの協調路線を打ち出したのは良いことです。無論、任天堂の「外交」姿勢が本当に変化したのか、ローンチ時のタイトルラインナップ不足のリスクを回避するための方便なのかはわかりません。

しかし暴飲暴食の王様が君臨する王国から足早に立ち去っていく人々の足を止めて、もう一度話を聞いてみようかな、と考え直させるきっかけにはなりました。そのまま、人々が本当に王国にもどって、定着していくかどうかは、今後の「外交」施策によるでしょう。


一方、貴族たちの去った王国=Wiiはさびしい限り。最大の期待作『ゼルダ』が来年発売という事もあり、今年は盛り上がりに欠けることが判明しました。

『Wii Party』等のタイトル群にしても、従来からWiiで強かったパーティゲーム機感を強めるだけで、プラットフォームとしての幅の広がりを感じられません。ハードのサイクルが収束しつつあるのを感じますね。国民機PS2には及ばず。ま、もはや据置ゲーム機が国民機を担える時代ではないのでしょう。

『ゼルダ』については、リアル路線と再び決別して、大人リンクのまま、トゥーン化されており、『トワイライトプリンセス』と『風のタクト』の中間に落ち着き所を見出したようです。Wiiでどう頑張っても、HDゲームのようなリアリティある映像は望めませんし、残虐表現が強化される傾向が顕著なリアル路線に進んでも、ゼルダらしさには貢献しないでしょうからね。

そしてプロジェクトソラの謎の新作もついに公開されました。なんと『パルテナの鏡』の新作が3DS向けに制作されていたようです。完全新作を作っていたのかと思いきや、意外というか肩透かしな発表でした。映像を見る限り、桜井作品らしい雰囲気を感じる内容で、3DSの立ち上げにも大きく貢献するかもしれませんね。


E3全体でいうと、今のところ目を引くタイトルは『MGS RISING』のみ。人体切断のアクション、残虐性ともにチャレンジング。3DSのラインナップにおいても『メタルギア』の発表がインパクトを持っていたことを考えると、今年のE3は『メタルギア』が制した、小島監督のためのE3だった、と言っても過言ではないかもしれません。そういえば、前座よりも低劣な発表だったSCEも、PSPに関して『MGS PW』に強くすがっていましたね。

SCEについては、メディアの供給やネットワーク構想を取りまとめるまでにやはり時間が掛かっているな、という印象です。東京ゲームショウに期待しましょうか。


結局、前座でした。

期待してなかったんで、カンファレンス中継はスルーしました。
どうやらそれで正解だったようです。

『Metal Gear Solid Rising』が楽しみ、以上の感想が無いな。

前座乙

という他ないですね、この三下が。
『キネクト』発表会でMS大失態、実際のプレイではなくただのビデオ垂れ流しだということがバレる

ま、任天堂がトップシェアをひた走り、ソニーが戦略転換をおこなってグーグルと組むようになり、日本と欧州でPS3が堅調な今、マイクロソフトといえば、米国市場に依存したゲームビジネスしかできない、退潮傾向のフェードアウト候補企業ではありますが・・・・。

facebookやtwitterとの連携を発表して、ネットサービスに意欲的な姿勢を見せたまではよかったのに、この1年はさほどの進歩も変化も革命も改善もみられず、怠慢企業という印象を拭えません。

すでに体験型コントローラでゲームファンが心動かされる可能性は低く、カジュアルユーザーも「ソーシャル」ゲームに吸い取られてしまっています。これほど時間をかけてNATAL改めキネクトを立ち上げようとしていた鈍重さに身震いすらおぼえますね。

えっ、それならPS Moveはどうしたって?(失笑
存在自体がエンターテインメントな奇天烈コントローラと比較になる時点で失笑。

しかしE3本番の前に、キネクトを先行して発表したのも、もしかするとマイクロソフトにとってもキネクトなぞ、すでに「前座」に過ぎなかった、ということなのかもしれません。そうであると良いですね。前座の前座芸ほど、興ざめなものなど他に無いのだし、悪いものはさっさと出し尽くして、さあこれから本番だ、と頼もしい雄姿を見せていただきたいものです。

そうとも!
世界最大規模のゲーマー向けコミュニティ「Xbox LIVE」を擁し、圧倒的な資本と技術をもつマイクロソフトなのですからね。1年経って、腐ってしまったネタなぞ、前座で充分。体感型コントローラがもてはやされた時代の終焉を告げ知らせる役割を果たしたと思えば、その前座芸にも、歴史的な意義の1つもあったかもしれませんね。

E3本番での大発表の数々に期待したいところです。
ま、もはやE3全体、いえいえゲーム業界全体がアップルのiPhone 4の前座に過ぎなかった、という思いを抱いている人もいらっしゃるかもしれません。前座が後に出てくるとはこれ、いかに。

などと、煽り&暴言度400%でほざきつつも、各社のカンファレンスを楽しみにしております。

ビジネスとして行き詰まりつつあるゲーム機業界の未来を指し示すお祭りの始まりです。


アラが気にならないか、気になるか。

『Angel Beats!』の批判が多いという事象に対して。
作品の粗については、Keyのゲームはもともとそういう部分をはらんでいるし、客観的に見てしまうとグロテスクなまでのご都合展開も平然と行われます。

エロゲー批評空間:ccharaさんの「CLANNAD」の感想
その一方で、主人公グループ以外にも等しく人生があり青春があるのに
>しばしば主人公グループ以外の人生や青春についてはないがしろにする傾向が見られる
こうした欠点をしばしば指摘されながらも、Key作品=強引なまでの感動発生装置は、強固な信者を多数抱え込むほどの支持を獲得してきました。それは欠点を補って余りある、瑕疵など気にならぬほどの感動を与え続けてきたという事です。Key作品は主観的な没入感で進行するノベルゲームというメディアの特性とうまくマッチしたのでしょう。

しかし客観的な視点で進行し、連続プレイが可能なゲームと違って体験が週単位でぶつ切りになってしまうアニメでは、欠点のほうが目立ってしまったのかもしれません。ライターがアニメの尺に慣れてない事も一因なのでしょうね。


東浩紀のAngelBeats!について考察
僕はこの記事ほどメタ的な視点に立って、細部をあえて無視して、高評価をくだす気にはさすがになれません。

・・・・が、MAD世界という表現は言い得て妙だし、「AB!は好きなキャラいない」というつぶやきに妙に共感してしまいました。一番の問題は「好きなキャラいない」事なのかもしれない。歌はいいのに。

好きな物をぶち込むのは良いことだし、見てきた物をまとめて放り込むのも良いことだろうけど、『エヴァ』みたいに昇華してるならともかく、見たことのある映像を切り貼ったような印象が拭えない。ただ、まぁ、2010年の今となっては、YouTubeやニコ動で毎日切り貼ったような映像ばかりを見て過ごしている人も多いわけだけど。かくいう僕も、MAD映像の視聴時間のほうがすでに長い。

MADの粗を気にしてどうする、とも思うが、鳴り物入りの前評判だった作品でしたからね。


更新頻度落ちまくりワロス

と自虐的に自嘲してる今日この頃ですが、

某RPGの売上、
・・・・・・・
・・・・・・・

えー、それはいくら何でも売れなさすぎでは・・・・。
超初動型っぽい作品で、その数字は悲惨すぎるよ。
デマでしょ?


信頼ある数字はもう少し待つとして、
某レイヴの時と同じように、狂ったように神ゲー、神ゲー、連発するレビューを
ネット上に上げている人達がいらっしゃって、微笑ましい光景ですね。

40点満点連発のファミ通を笑えない神レビューっぷり。
神様も安くなったものです。

真の○○とか、○○の原点回帰とか、グラフィック偏重へのアンチテーゼとか、
いかにも紋切り型の宣伝文句がもの悲しいですよね。
新しいチャレンジを放棄して、過去作の良い所取りをしただけのソフトが
よく使う典型的な語彙。良い所取りはまだいいけど、しばしば
内容の無いソフトが使うことが多い常套句なのが悲しい。

どうか信頼に足るレビューが1つでも存在しますように。


『俺と彼女が魔王と勇者で生徒会長』(おかま)が回収、絶版


少し前から『バカとテストと召喚獣』の文章と類似している箇所が報告され、比較検証情報がネットにアップされていました。

そしてついに電撃文庫が回収を発表しました。公式サイトでお詫びの文章も掲載されており、予定されていた短編の掲載も中止になったようです。

最近、ラノベの話題を取り上げてませんが、ひさしぶりの話題がこんな話です・・・・。

実はこの本は当初スルーしてて、トレーステキスト疑惑が上がった時にはじめて手に取ったんですよね・・・・。有名なライトノベル系書評サイトのいくつかがトレスに気づかずに高評価をしていたり、トレス疑惑表明後も内容は面白いと擁護していましたが、確かに内容は面白い作品でした。

物語のあらすじは『バカとテストと召喚獣』に特に似てるわけではありませんし、率直にいって作者にキャラクターやストーリーを作る能力がまったく欠如していたとは思いません。というより、どうしてこんな事をしてしまったんだ・・・・という思いが湧いてきます。

能力不足で追い詰められて魔が差したというより、そもそも著作権意識が根本から低かったというか、浅薄だったのではないか、と思えてきます。これから育つ余地は大いにあったはずで、才能がもったいない。この作品を評価していた書評サイトの管理人の人達もおそらく同じ気持ちではないでしょうか。

非常に残念な事態になりましたが、娯楽は「面白いが正義」の世界ではありますけど、「面白ければ何でも許されるわけではない」という一線もあります。それがはっきり明示されたのは良いことですし、電撃文庫の判断も妥当だったと思います。新人賞を通過した作品ですから、この問題を放置してしまうと、電撃大賞や電撃文庫全体への信頼感が損なわれてしまっていたでしょう。

電撃文庫編集部には、今後このような事態が起こらないことを期待します。


制作者の制作者による制作者のための賞が新設

「ゲームデザイナーズ大賞」が新設! ゲームクリエイターが制作者の視点で選考!
最初見た時、
ふーん、なんだろうな、これ。
と思った。

ゲーム業界って、なんだかんだで、これまではユーザー視点主義というか売上至上主義というか、面白いゲームをがんばって広報すれば売れるはずで、売れるゲームは当然ユーザー視点に立ったゲームだよね、という暗黙の了解があったような気がするんですよね。

いや、そんなものは暗黙の了解というより、無垢な信仰であり、妄念に過ぎなかったのかもしれませんが。

2010年に至って、制作者視点で面白いゲーム(良いゲーム)とユーザー視点で面白いゲーム(良いゲーム)の乖離がいよいよ深刻化したって事なのかもしれません。つか、ユーザー視点ひとつ取っても、カジュアルユーザーを指すのか、ゲーマーを指すのか。さらにゲーマーの定義って何よ?ってのも定義が拡散してしまって、仮に最大派閥のファミコン世代=団塊ジュニア世代を指すと仮定しても、年齢があがってオールドゲーム中心に遊んでいる人もいれば、ゲームから片足外している人もいれば、今もなお最新ゲームの情報を追いかけて最新ゲームや注目のゲームを精力的に買っている人もいる。

そういう状況を俯瞰した時、「制作者による制作者のための制作者視点の選考」にどんな価値があるかといえば、多様化して拡散していく評価軸の中に1つのくさびを打ちこみたいという意識をもった人達が増えてきたって事でしょう。むろん一歩まちがえば「制作者視点のただの自己満足」に堕する可能性もあるわけだけど。

まあ、でもそれでいいんだと思う。

あるメディアが成熟化するって事は、価値観や評価軸が分化し、多様化し、拡散することを意味するのであって、その上で商売する人達にとっては、自分が望ましいと思う評価軸を普及させるべく、主張および布教することに意味が出てきます。

それは「プレイ動画を上げるヤツは許せん」でもいいし、「ゲームレビューなんて当てにならない」でもいいし、「プレイしてないヤツがゲームを語るな」でもいいし、「ゲームは最後までやりこむもの」でもいいし、「家族や友達、色々な人と遊べることがゲームの新しい価値。一人用ゲームは滅びるよ、滅びるよ、衰退するよ♪ ゲーム業界ずっと見てきた賢いライターの僕が言うんだもの、間違いないよ♪」でもいい。

要するに、商売する上で都合のいい「ゲーマー像」「コミュニティ像」「マーケット像」を作り上げ、それが幾ばくかの実体性をもつ、あるいは実体性を信じられるほどの共同幻想に育て上げられればそれでいいんでしょう。


この辺りの問題意識は、たとえば小野憲史氏の下記のつぶやきにも通じるな、と感じます。
売れたゲームを全肯定するのが作り手。売り上げと異なる評価軸を設定するのが評論家。でも最近は両者が逆になりつつある印象も。。。
『サンシャイン牧場』や『怪盗ロワイアル』のようなソーシャルゲームをヒットしたという一事をもって全肯定したいというゲーム制作者はそれほど多くないでしょうし、かつて宮本茂氏が「たまごっち」を絶賛した任天堂でさえ、ソーシャルゲームは別物であるという態度を見せています。制作者によっては『トモダチコレクション』あたりも、認めたくない人はいるのでしょうが。

そもそも論として、仮に売れたゲーム、ヒットしたゲームを認めたところで、そのゲーム制作者にとって実は何のメリットも無いし、かえって墓穴を掘るという事態もあり得るわけです。脳トレブームの頃からそういう傾向はあったけれども、自分が作りたくもない、遊びたくもないゲームを肯定するメリットは制作者側にはまったく無い。少なくとも肯定を表明するメリットはまったく無いのですよね。

すると制作者が作りたい、遊びたいゲームをあたかも価値があるように主張し、できるかぎり多くのユーザーに同調してもらう方が良いのですね。「制作者による制作者のための制作者の選考」というのは、そういう現象なのだと思います。小説や映画の世界でも、似たような現象はあったし、小説の世界では最近は「本屋大賞」あたりが影響力を増してるわけですが。ゲームで言えば、「ゲームショップ大賞」かな。

将来的にはユーザー、クリエイター、ショップ、あるいはそれにメディアが加わったり、ユーザーの中身も細分化されて、ゲーマー大賞みたいな賞、あるいは共同幻想としての「ゲームらしいゲーム大賞」ができるのかもしれませんね。それらは成熟化の一過程であって、ユーザー像が多様化する中で、マーケットを分析するという受動的な立ち位置では商売上のリスクが拡大した結果、積極的に「ゲーム像」「ユーザー像」を定義&提案&布教しようという積極的な姿勢の表れなのかもしれません。


10日ぐらい更新してないなと思ってたら、いつのまにか半月経ってた件

というわけで、更新サボりすぎですね。

さて。

ホントにCGだ! AKB48・渡辺麻友さん主演『ゼノブレイド』のCMが公開中
そういえば、センスを含めて色々と話題になっているこのCMですが、個人的にはピンポイントで弱点を刺激された感じです。俺がロボ娘スキーの変態なのは、古くからの読者はご存じだと思いますが、これには欲望を撃ち抜かれました。


つーか、公式サイトには機械の体の360度ビューが設置されているのですけど、えっと、いったいどういうマーケティング的な狙いがあるんでしょうか? 「RPGの原点に立ち返った」というコンセプトとはまったく異なる方向に進んでいるような・・・・。

うーむ。
なんですかね。KOS-MOS的な存在を提示することで売上を伸ばそうという作戦なのかもしれませんが、デザイン的にはKOS-MOS的なエロさは感じません。

デザインの微妙さは特撮系ロボ娘の微妙感を正確に狙っており、何故そんなマイナーな嗜好を精密狙撃しているのでしょうか。キモいって? 馬鹿野郎、このキモさがいいんだよ。これぞ、違和感美。

KOS-MOSあたりとは違うベクトルに突き進んでおり、特撮系ロボ娘スキーとか、非常に狭い層にターゲット・ロックオンしてるような気がしてなりません。ゲーム版ゼノブレイドは特に欲しくないけど、実写版ゼノブレイドは欲しいと本気で思っています、俺。

しかし、その、なんだ、『ゼノギアス』が途中でイベントシーンをテキストで語っていたことや、『クロノクロス』のエンディングが実写だったことを思うと、ゼノブレイド本編にも実写のロボ娘シーンが入ってたりしないんでしょうか? 100パーセント無いと思いますが、俺の性欲と妄想がゼロパーセントの可能性を切り開きたいところです。

誰か買ってクリアした人がいたら、教えてください。
ゲームとして面白いとかそういうのはどうでもいいんで、ロボ娘がどうだったか、それ以外は興味ないんで。
よろしく。


・・・・と、ここまで書いて、ネットを漁っていたのですけど、
な、なななななななな・・・・。
情報追いかけてなかったけど、
えー、機械化ですか、そういう推測、そういう可能性なんですか。

フィオルン→メカルン説ですか。
マジかよ、うううううう、それはそれでありだけど、

でもでもでも、フィオルンって、ブサイクさで有名になったあのポリゴン人形じゃないですか。

あ、あんまりだ・・・・。
頼むから実写版を・・・・。


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2010-06

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