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ゲームソフトを売っているわけで、ペットボトル入りの汗を売っているわけじゃないよね。

■汗を売っているわけじゃないのは前提で

どうもなあ……。
周期的にネットで持ち上がる話なんですが、またぞろゲーム開発者の「汗をかいた量」の話が出てるみたいですね。すぐに反応するのはあえて避けたんですが、それなりに年季の長い人が書いてたりするんで、若い人が変な影響受けないといいな~と思って、ボクも別の意見を書いてみます。

人によって意見は異なるのかもしれませんが、まず大前提として、ペットボトルに汗をつめて「これが僕らの情熱です、徹夜の結晶です、ゲームへの愛です」と言って売るわけにはいかないんですよね。

汗を聖水として売りつけるのは宗教だけで十分です。しかし下手すると、作品は聖遺物ですとか言い出しちゃう。えっと……あなたがやってるのは娯楽で、宗教じゃなかったよね、みたいな。

自分自身および周囲の経験から言うと、残酷な話だけど、徹夜、泊まりの回数とゲームの面白さにはほとんど相関関係はないし、まして売上にはまったく関係はありません。都市伝説というか、要は過酷な現場で弱った心が見せる幻影です。砂漠のような過酷な環境でこそ、過激な宗教が育ちやすいのと同じです。

まぁモチベーションの問題があって、「宗教」ぐらいまでいくとヤバいけど、「スポ魂」「根性論」までなら、それなりに有用なこともあります。


■時間のかけ方

身近な所でいうと、ここ数年で最も評価され、最も売れたゲームは、追い込みの時期にキツくなるのは仕方ないとしても、比較的まともな運営をしていたように思います。それよりはるかに険しい目にあったプロジェクトの成果物が、そのぶん面白いわけでも売れているわけでもありません。

ゲーム制作で時間をかけるのは、遊びのトライ&エラーと、作りこみと、スケジュールの失敗の穴埋めですが、3番目は論外として、面白さに関係するのって、最初の項目だけです。ただ、これって、本当の末期になってやるものじゃないし、末期になってやらなければいけない場合は、そもそも「敗戦」状態に近くって、「基本的には面白くないんだけど、この部分だけは良く出来てるね」状態になりがちです。

2番目の「作りこみ」は時間をかければかけただけ、良くなっていくのは確かなんですが、作り手の一方的な愛情の発露になりがちで、実はあまり面白さに貢献してない事もしばしば。磨き上げの効果ってゼロじゃないんですが、大して面白くない物は磨き上げられた「大して面白くない物」になるだけです。

ただ、大作なんかだと、作りこみの総量で勝負するってこともあるわけです。でも、それが面白さか? っていうと、そういうもんじゃないですよね。

ボクがもっとも尊敬するゲーム制作者は、かいた汗の量を神聖視するような人物ではないし、労力と面白さを混同するような真似はしてませんね。作り手の苦労なんてお客さんには関係ないという大前提を、プロなら忘れてはいけません。

努力は無意味じゃないけど、それだけで評価されるのって、義務教育まで。小学校のお遊戯じゃないんだから。つまらん宗教にすがらなくてもいい結果に持っていくのが企画や各パートのリーダーの仕事なんであって、「これは聖水である!」と叫び出すのは、責任の果たし方が違うと思うんですよね。


■改善しようとしてる会社と改善しようとしてない会社

さてその一方で、制作環境を改善しようとしている会社もあります。多数派だと信じたいところですが。
Nao_uの日記:伝えられない冗長性
自分がこの仕事を始めた頃から考えると、最近の仕事はずっと楽になってきている。マスターアップ前に毎晩徹夜で朝までバグ取りをするような事もなくなったし、何日も連続の泊まりで家に帰れない、なんて事ももう何年も経験していない。昔聞いた話では、先輩の入社時点ではさらに非人間的な環境であったらしい。
ボクも実感としてはNao_uさんに同意。多大な残業や徹夜といった状況は当然あるものの、数年前に比べると、致命的な事態を避けようとする努力がなされるようになり、管理の行き届かない状態であり得ない負荷が誰か1人に集中することは少なくなったと思いますし、理不尽な辞め方をする人は減ったように感じています。

まぁゼロにはならないんですが。運営が良くなったらそのぶん仕事は増え続けますからね。ようやく「殺すけど、勝手に死なないでね」から「生かさず殺さず」の状態になったといいますか(笑

統計が無いので、業界全体の傾向はわかりません。反省すべきを反省する会社と、そうでない会社の差はかなり開いているのかもしれません。そもそも環境を改善しようとカケラも思ってない現場もあるみたいですし。自分達がしてきた苦労は、若いやつもやるべきだ、それが愛だと信じ込んでいるベテランが居座ってる会社は大変です。ま、末路は見えてるから、好きにしたらいいと思うんだけど。

(年季を積んできてリーダー的な業務につくと、他の人が上げてきた結果をチェックしたり、会議が増えたり、事務的な書類を書かなければならず、自分の仕事に集中できるのは他のスタッフが帰った後や休んでいる日。という事はあります。それはまた別の問題ですね)


■若いやつほど早く帰す

この手の改善は千里の道も一歩から、堅実にコツコツ改善していくほかありません。例えば、本来当たり前なんですが、経験の浅い若い人間は、ベテランが「早く家に帰れ」と帰すべきです。というのは、若い時ほど、力の入れ方がわからないから、自分の限界を把握せずに自滅しちゃうことがあるんです。

自分のペースがわからないから、「あともう少し……」と不必要に粘るのです。また与えられたチャンスを重く感じて、「今晩じゅうに問題点の改善案を……」と一人残って悩んだりするんです。

スポーツでも武道でも、おそらく大抵の事に通じる話なんですが、熟練してくると、無意識に力の入れ方が身についてくるんですね。熟練すればするほど、無駄な力が入らなくなるものなんです。

それは、仕様変更やプロジェクト管理のタイミングの巧みさだったり、集中の仕方だったり、脳みそのモードの切り替え方だったり、短い睡眠時間での体力の回復法だったり、ストレスのいなし方だったり、……色々あります。
若い人は体力はありますが、そういう身のこなし方が身についてませんから、限界を超えすぎちゃうことがあります。だから上の人間がストップを掛けなきゃいけないんです。

その一方で、人間というのは限界の80%ぐらいの仕事をしていると、そのうち限界自体が下がってきてしまう生き物です。逆に、限界を少し越えたぐらい、120%ぐらいの仕事をしていると、限界値そのものが伸びていくんです。

負荷の掛け方はとても重要です。実際には人によるわけで、その人がどれぐらいタフかを見極める必要があります。個人的には、肉体的な負荷よりも、責任をあたえて精神的な負荷を掛ける方が良いと思っています。

■種を蒔く

時折、ネット上で猛烈な愚痴が吐かれているのを目撃することがあり、より凄惨さを極めていく現場もあるのでしょう。しかし断言できませんが、そういう現場はおそらく人を育てる、種を蒔くという事を怠ってきたんじゃないか、と思います。

ボクは今の会社に入る前に、3社ほど別の会社の現場に入ったり、深く出入りした経験があります。そうした過去の経験を振り返り、さらに他社の人から聞いた話を総合すると、どんどん酷くなっていく現場は、自分達のやってきた苦労をそのまま下に押しつける古参兵が居座っているケースが多いです。

また、仮に有能な人物がいたとしても、「周りには無能が多い」とか「他人に任せるより自分がやった方が早いし、質が高いし、安心する」といって孤軍奮闘するタイプである事が多いようです。結果的にいつまでも人が育たず、楽できない状況がずっと続き、現場はますます凄惨な状態になっていく……。

人に任せる、育てるというのは、回りまわって自分が楽になるためにやることです。人が、組織が、そういう意識をもてるかどうか。みんなで幸せになろうよ。……と思うんですがねえ。


■補足:魔境は悟りじゃない

まぁ人によると思うんですが、机の前で何時間うなっていても、良い案なんて浮かびません。ゲーム制作者ではありませんが、押井守氏がいい事を言ってます。人は移動中に画期的なアイデアを思いつく、と。

脳みそがちょっと別のモードになった時に、それまで出なかったものがスッと出てくることがあります。帰ろうと思って電車に乗ってる時、風呂に入った時、帰ってすぐに布団の中に入って今にも眠りにつく瞬間、ふっと出てくるんです。携帯電話にメモっておいたり、メモ帳に書きつけて寝るわけです。

たぶん緊張状態にあった脳が緊張から解放されることで、溜めておいたものが出てくるんでしょう。もちろん、前段階の緊張状態があって、初めて成り立つんですが。

3年前にちょっと酷いプロジェクトがあって、そこでボクが冗談交じりに言っていたのが「魔境」という言葉です。元々は禅の用語なんですが、物を食べず、眠らずに座禅を組んでいると、幻覚が見え始めることがあるんです。そういう時は、警策で修行者を叩いて、意識を元に戻すんです。こんなもの(幻覚)を悟りの境地だと錯覚して、それに執着すると、修行がそこで止まってしまいます。

「勝境なりといえども魔境なり」。夜遅く、明け方まで考えて、改善案をひねり出すのは、最終仕様(悟り)に至る段階の中の進歩(勝境)といえますが、まだ危険な段階(魔境)なんです。確かに夜残って考えていると、良いと思えるアイデアが出ることはありますが、同時にそれは罠なんですね。

人間、追い詰められれば、そこから脱したいと思うから、何かひねり出すんです。ところがそれは、辛い状況から脱したい(答えの無い問題を考え続けるのがイヤだ)から湧いてきたもので、じつは大したことなかったりするわけです。ところが脳がハイになってたり、疲れたりしてるから、いかにも素晴らしいアイデアだと思い込んでしまうんです。でも本当の最終仕様はその先にあるんです。

まぁ「禅」とか言うと、うさん臭いんですが(笑 冗談半分なので。追い詰められてもそれぐらいの余裕は持ちましょう、ということです。
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