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2006年雑感 ゲーム編

今年1年を振り返ってみます。
日本国内では大作路線が急激に衰退し、良い意味で「こんなんでいいよね?」が顕著になった1年でした。この記事では、前半は大作路線の衰退について、後半は昨今のゲームのトレンドについて書いてみます。


■出たのが良かった大作ゲーム

開発が長期化していた『FF12』と『ゼルダ』が共に発売されました。「本当に出るのか?」と思われながらも、期待作を世に送り出した開発スタッフの方々には素直に拍手。

開発体制の効率化がテーマとなっている、昨今のゲーム業界の流れを考えれば、ここまで予算と人員をかけたタイトルはしばらく出てこないでしょう。大作志向の衰退を表すという点で、歴史的にも有意義でした。実際、両タイトルの評判は、大作ゲーム「繁栄」でも「終焉」でもなく、「衰退」レベルでした。

年末、何人ものゲーム開発者と呑みましたが、どちらも遊んでいない人ばかり。この2タイトルは、業界人がチェックすべきタイトルではないんですね。みんな、わかってます。

個人的には、大作ゲーム路線が頂点を極めたのは2004年だと思います。その年に『ドラクエ8』が出たわけで、やはりゲームの神様に愛でられたソフトは違いますね。時代を読み切った『ドラクエ9』にも大いに期待したいです。


■大作ゲームを作れない会社が増えた

今年の出来事ではないのですが、この数年を振り返ると、大作ゲームを作れない大手企業が増えてきたなあと思います。今でも開発力を維持できているのはカプコンぐらいでしょう。「神風」タイトルが出ていないのがやや懸念されますが。

巨大プロジェクトをマネージメントできる会社というと、スクウェアエニックスは外せませんが、最近のDSシフトを見ても、『FF』以外は大作路線を志向していないのがわかります。

バンダイナムコは『フレームシティ』の開発中止を引き合いに出すまでもなく。まぁしかしナムコのようなアーケード系の会社は、映像では先端を切っていましたが、昔から大作ソフトは得意ではないんですよね。無理に肌に合わない大作路線を歩む必要は無いんです。セガも同様。『龍が如く』は評判がいいのですが、ペイできてないはず。

コナミは今年、最も存在感が薄かった気がします……。ゲームそのものから腰が引け気味。予算と納期が厳しい体質のため、『MGS』以外の大作路線は無くなってしまいました。

SCEには手持ちの大作タイトルは無いですし、『GT』もまぁ……。任天堂も現在発表されているラインナップでは、『ゼルダ』が最後の大作でした。評判もまぁ……。任天堂はGC時代に大作ゲームを作るのが苦手なことを露呈していますから、最近の軽いゲームへのシフトは適切な判断でしたね。

また最近では、中堅規模の開発会社が大作タイトルを担当するケースが増えていますね。『ブルードラゴン』はアートゥーン、『ロストオデッセイ』はフィールプラス、『ドラクエ』はレベルファイブ。大作ソフトはプロジェクトに関わる人数が多いので、人件費の高い大手よりも、より規模が小さい開発会社や、海外に仕事が流れていくのは自然なことです。

大作を作れない会社が増えたという点だけを捉えると、日本のゲーム業界が衰退している、という誤った言説が出てくるのもわかります。しかし日本市場では、大作志向という病気から自由になった新しいソフトが次々と登場していますし、欧州、北米でも売れ始めています。

選択肢が増えた、束縛から解放されたわけです。アーケード屋はロケーション重視になり、玩具屋は体験重視になり、という風に、各社がそれぞれ「自分らしいやり方」へ進み始めた、といえます。


■ゲームらしいゲームの退潮傾向が鮮明に

「ゲームらしいゲーム」はやっぱり売れてません。後世の歴史家からは「ゲーマー向けに商売できた最後のハード(時代)がPS2だった」と言われるかもしれませんね。ゲーマー層が部分的にPS2からDSに流れたものの、トータルで見てゲームらしいゲームはかなり減退しています。

DS市場でも売れたのは懐かし系である『Newマリオ』と『FF3』でした。入力インターフェイスの革新もゲームデザインに貢献していません。そんなもの、ユーザーは求めてません。あと、両タイトルとも、DSの中では群を抜いて絵がキレイな事も無視してはいけませんね(最優先の項目ではないが、普通の人はキレイなほうを好む)。

好調といわれる任天堂でも、売れるタイトルと売れないタイトルの差が明確になっていて、ゲーマー向けタイトルは軒並み苦戦しています。

<補足>
問題数が有限で毎日少しずつしか遊べない『常識力』が当初ダブついていたり、トレーニングソフトでもないのに毎日少しずつ遊ばざるを得ない『マジック大全』がワゴン行きになったり、「無理やり脳トレ型」のゲームは苦戦しています(参考:忍之閻魔帳「値崩れ番付 2006年末」)。毎日遊びたくなるユーザー本位のゲームではなく、毎日遊ぶことを強制する作り手本位のゲームがあふれてくれば、任天堂自らの手で脳トレマーケットをぶち壊す結果になりかねません。


■PS3とWiiが示した「こんなんでいいよね?」

Wiiのローンチソフトは描きこみという点で、GCの初期タイトル以下のグラフィックでした。プラットフォームホルダー自ら「こんなんでいいです」という空気を作っているので、ソフトメーカー各社は割り切りやすいです。

Wiiは「Xavix」と比較すればスーパーXavixで、グラフィックもゲーム性も大幅に進化しています。しかし従来のゲーム機からすれば、どちらも退化したように見えます。体験性を除いた場合のWiiのゲーム性は、ゲームウォッチ~ファミコン初期レベルです。グラフィックもゲームも頑張りすぎた『ゼルダ』と『エレビッツ』が悪い意味で浮いているのも興味深い。事実、この2本の売上は低調です。

PS3で一番のキラーは『トロステ』でしょう。YouTubeで大いに話題になっていますし、毎日ゲーム機に電源を入れるゲームの先陣を切りました。最近、右脳ゲームが追加されましたが、基本的には番組を観るだけの内容。しかしおそらくPS3では、このゲームが一番稼働率が高いはず。インタラクティビティーやゲーム性についての神話を大きく揺さぶるソフトになった、というのは言いすぎでしょうか。

またここ数年、ゲーム開発者の中から「大多数の日本人にとってゲーム性はパチスロで十分」という意見をよく聞きます。『ムシキング』や『おしゃれ魔女』を見ても、確かに過剰なゲーム性は不要に思えます。


■退化することで進化するのがゲームの歴史

そもそもゲームは、「ある時期」を境にゲーム性を落とす方向で進化してきました。クラシカルな意味でのゲーム性が頂点を迎えたのは『ストⅡ』だと思います。その後、ゲームが3Dになった時、2Dゲームのドット単位の精密な遊びが好きな人たちは、3Dゲームの大雑把さを批判したものです。2Dゲームの正確なルール性や精密な操作性を捨てて、ゲームはより派手な、より魅力がわかりやすい進化を選んだのです。

またオンラインゲームにおいては、通信遅延の問題があり、完全にフェアな対戦を実現するのが難しいです。対戦ゲームの代名詞だった格闘ゲームは、家庭では通信対戦を実現していないタイトルが大半です。

FPSにおけるチートの問題も顕在化しました。昨今のFPSが、精密な射撃よりも、チームによる集団戦闘や、トラップの配置など、対戦をゆるくする方向に進んでいるのも見逃せない点です。

DSのようにコミュニケーション性を追求する路線、Wiiのように体験性を追求する路線、XBOX360やPS3のように仮想世界の構築を追求する路線。いずれの道を歩むにしても、10年間培ってきた何かをあきらめて、新しい何かを手にしたゲームが生き残ると思います。


■「動き」はあんまり重要じゃない

次世代機になると「動き」(物理とAI)が重要と言われていたものの……。

『Line Rider』大人気。大多数の人間にとって、動きとか物理計算はあれぐらいでいい。PS2『聖剣伝説4』、Wii『エレビッツ』など、国内でも物理エンジンを使用したゲームが登場しているが、スルーされています。「動き」のハイクオリティ化を求めているユーザーなんてどれだけいるの?

物理については結論が出つつあり、AIについては国内発売が決定した『Oblivion』あたりがどう評価されるか?


■YouTubeとゲーム

2006年前半は『ハルヒ』の大ヒットがあり、YouTubeとアニメとマーケティングが大いに注目されました。根本的には『ハルヒ』のクオリティが高いことが重要でした。YouTube以前は文章や静止画でしか共有できませんでしたが、YouTubeによって動画が共有されるようになり、アニメの品質、作りこみ、細部のディティールが共有できるようになりました。

もちろん単に作りこめばいいとか、手間をかければいいわけではありません。ユーザーから注目されるクオリティと注目されないクオリティの違いは何か?により意識的にならざるを得ないでしょう。その辺は『Line Rider』にも通じる部分があります。

今年の後半には、YouTubeとゲームにも良好な関係が生まれました。1つはWiiとYouTubeです。女の子がWiiのボクシングを遊んでいる映像が話題になりました。任天堂は体験映像を公式に配信していますが、あのプロモーションも新鮮さを失ってきましたし、加工臭が拭いきれなくなってきました。YouTubeに上がっている、より素人くさく、加工臭の無い映像の数々がWii人気を支えたのは間違いないでしょう。

もう1つは『トロステ』とYouTubeです。『トロステ』はほぼ「観るだけ」のゲームですから、YouTubeに内容がアップされれば、ゲーム機を持たない人の間でも話題を共有できます。特に「今年の流行語大賞は?」の回での「ニンテン……」や、「モーターストーム特集」の回での「レベルじゃねーぞ」など、意図的な失言が大受けしてます。

いまだ『ハルヒ』クラスのインパクトこそ無いものの、来年にはYouTube効果を受けてゲームがヒットすることもあるかもしれませんね。

一方で、ストーリー重視のゲームとYouTubeの相性は極めて悪いです。『FF12』と『ゼルダ』は共にネタバレ映像がアップされました。ストーリー重視のゲームは、制作者が用意したネタが尽きてしまえば、そこでオシマイです。そのため話題を共有し、消費するYouTubeとは相性が悪いのです。

ストーリー型のゲームは、デモ部分とゲーム部分の相性の悪さが露呈しつつあり、不必要なストーリーは面倒くさいだけなので、好まれなくなっています。

実際、欧米のゲーム業界では、デモの挿入でストーリーを表現する方式を古典的と評し、よりインタラクティブなストーリー表現を模索しています。ちょっとした操作で派手なとどめアクションを見せたり、AIとフェイシャル制御を強化することで、ゲームの進行を止めずに物語を進めるようにしています。

また、ストーリーをゲームに入れてしまうと、遊びの要素が一直線に配置されるため、プレイヤーが遊びたい要素に簡単にアクセスできないという構造上の問題があります。
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タグ:ゲーム  

切ない日本文学が好きな人へ『文学少女と繋がれた愚者』

文学少女と繋がれた愚者野村 美月

泣き虫少年の井上心葉と、本を食べてしまうほど大好きな遠子先輩の文学ミステリー第3弾。この巻では主人公の心葉が一歩成長しました。やはりジュブナイル小説の良い所は少年少女の心の成長にあります。切なく、痛々しく、つらく、でも最後には希望が見える良質な物語でした。

中学時代につらい出来事のあった心葉は、高校に入ってから、他人と深く関わろうとしてきませんでした。いつも微笑んで、いい人そうに接していれば、傷つかずに済むと考えていたからです。

図書室の本のページが切り裂かれていた事件を発端に、クラスメイトの芥川の周りに奇妙な事件が続きます。彼はあっさり自分が犯人であると認めるのですが、心葉には彼が犯人とは思えません。けれども他人に関わって傷つくことを恐れる心葉は、芥川の事情に踏み込むのをためらいます。

ところが遠子先輩が、文芸部が文化祭で上演する劇に芥川を引っ張り込んだため、心葉は芥川の過去の闇に徐々に深入りしていきます。芥川は自分が過去に犯した過ちに罪悪感をおぼえ、今なお過去に縛られていました。それは中学時代の失敗を後悔しつづける心葉と同じでした。

心葉と芥川の二人がどういう決断をするかは、実際に本を読んでいただくとして、今回も日本文学の名作が作中に登場し、重要な意味を持つことになります。劇の題材となった武者小路実篤の『友情』と、芥川龍之介の『蜜柑』。読んでいなくても楽しめますが、読んでいれば二倍三倍楽しめます。日本文学の名作の切なさ、美しさを改めて知る良いきっかけになると思います。


この『文学少女』シリーズ、ライトノベル読みの間で、高い人気を集めています。主人公たちの心があまりにナイーブ過ぎるい点は好き嫌いが分かれるかもしれませんが、本好きでなければ書けない、本好きなら共感し得る小説です。歳を取ると、ここまでピュアには本を読めないなあと思います。やっぱり若い頃に名作を読んでおくべきだな、としみじみ感じますね。

今回の物語は気持ちよく終わっていますが、次巻以降へ向けての伏線があちこちに張られていて、読み終わると、続きがすぐに読みたくなります。いよいよ心葉が自分の過去と対峙するはずです。

テーマ:ライトノベル - ジャンル:小説・文学

タグ:富士見ミステリ  ライトノベル  

黒い少女と「僕」の純愛系ミステリ『SHI-NO 愛の証明』

SHI-NO 愛の証明上月 雨音

放っておけば最悪の殺人鬼になる魂と断言された黒い少女志乃と、年の離れた幼なじみである大学生の「僕」の2人の物語。その第4巻にして、第一部完。

シリーズの中で最も緊迫した状況が展開します。
狂信的な自殺サイト「デッドエンドコンプレックス」の残党からつけ狙われていた志乃は、「僕」と共にデパートに閉じ込められ、あと2時間で毒ガス付きの時限爆弾が爆発する状況に追い詰められます。志乃は最悪でも、「僕」だけは助けると断言します。それは、誰であろうと、自分であろうと必要であればためらわず殺して、僕を助けるという事。

普通なら小学生の少女がそんな事できるはずがないし、考えるはずがないと一笑に付す話。けれども年の離れた幼なじみである大学生の「僕」は、彼女が本気なことを知っています。志乃は普通である僕の理解できない、黒い魂を持っています。かつて兄弟同然の幼なじみで、再会してからも同様に、家族のように暮らしている「僕」だから気づけた事。

この巻で、ついに「僕」は志乃ちゃんとどう係わり、生きていくのかを決意します。殺人鬼の魂をもつ彼女の全てを、その理解できないほど黒い精神を、僕はすべて肯定して生きていくのか。彼女は僕に愛されるために自分の魂を殺して、生きた抜け殻として在ることを願うのか。それとも・・・・。
そして「僕」と志乃ちゃんは歩き出す、最悪を回避するために、次の一歩へ。

生きる事の意味をわりと真っ向から、愚直に書いた部分が多いので、リアル中高生でないと青臭いというか拍子抜けするかもしれませんが、そういう読者は志乃ちゃんに萌えればいいと思います。(結局、それか、俺orz
支倉志乃といえば、ライトノベル3大小学生ヒロインの1人ですからね!
(他の2人は『紅』の九鳳院紫、『円環少女』の鴉木メイゼル)

テーマ:ライトノベル - ジャンル:小説・文学

タグ:SHI-NO  ライトノベル  富士見ミステリ  上月雨音  

あとがき女王の最新作『GOSICK 6 仮面舞踏会の夜』

GOSICK 6 仮面舞踏会の夜桜庭一樹

欧州オカルト界の秘奥たる灰色狼一族の血を引く、恐るべき頭脳をもったヴィクトリカと、日本から欧州の小国に留学に来た一弥の2人が、奇怪な事件に巻き込まれていくミステリー第5弾。

ベルゼブブの頭蓋と呼ばれた修道院から脱出した帰りの列車の中で、ヴィクトリカと一弥の2人は奇妙な乗客と一緒になります。一同は互いの正体を隠して、<孤児><公妃><木こり><死者><灰色狼><家来>を名乗ります。それは全員が偽りの仮面をかぶる仮面舞踏会ともいえるシチュエーション。しかし一夜かぎりのたわいも無い嘘だったはずが、乗客たちはあたかも真実であるかのような奇妙な振る舞いを始め・・・・そして、列車内で起こる殺人事件。
はたしてヴィクトリカと一弥は、一夜の幻想のような奇怪な事件を解決し、学園に帰れるのでしょうか。

今回は、探偵を巻き込んで事件が起こる「仮面舞踏会」と、探偵役が関係者の証言を聞いていく「宴のあと」の二部構成になっていて、ミステリ度が高くなっています。また、拳銃のシーンを筆頭に、ヴィクトリカと一弥の絆の強さを感じさせる場面が何度もあるので、ニヤニヤすることしきり。やっぱり最大の謎は「愛」なのか、ミステリー=愛なのか。さすがはゴシック、伊達に富士ミスを代表する小説じゃないぜ!

(富士見ミステリー文庫はもともとミステリー風ライトノベルを目指していましたが、売上不振のため、途中から「LOVE!」をテーマに掲げるようになった謎のレーベルです。)

第1次大戦の傷跡が癒えつつあり、しかし第2次大戦の暗い影の気配が忍び寄っている時代。2人は厳しい嵐に巻き込まれるのでしょう。もしかすると引き離されてしまうのかもしれません。不安は強まっています。でもこの2人なら大丈夫かも・・・・と思うのですね。大人たちの起こす嵐から、子供たちは逃げ延びることができるのか。読者としては、やきもきしながら、続きを待つばかり。


ま、それはそれとして、富士見ミステリー文庫におけるあとがき女王、桜庭一樹の最新作はやっぱり面白い。あとがきも読み逃せない作家です。

テーマ:ライトノベル - ジャンル:小説・文学

タグ:ライトノベル  富士見ミステリ  桜庭一樹  GOSICK  

リレーノベルは破綻する、どうせならクロスオーバーが良かった『ネコのおと』

ネコのおと リレーノベル・ラブバージョン
(新井 輝、築地 俊彦、水城 正太郎、師走 トオル、田代 裕彦、吉田 茄矢、あざの 耕平)

富士見書房および富士見ミステリー文庫が誇る7人の作家によるリレー小説。2話目までは普通に『ROOM No.1301』と『まぶらほ』をやってるんですが、3話目で作者自身が登場してからタガが外れたような暴走が始まります。リレー小説に名作無し。つーか、累乗的に矛盾点が増えていき、最後に破綻に向かう運命なのか。
  • 新井 輝  『ROOM No.1301』シリーズ
  • 築地 俊彦  『まぶらほ』シリーズ
  • 水城 正太郎  『東京タブロイド』シリーズ
  • 師走 トオル  『タクティカル・ジャッジメント』シリーズ
  • 田代 裕彦  『キリサキ』シリーズ
  • 吉田 茄矢  『BAD×BUDDY』シリーズ
  • あざの 耕平  『Dクラッカーズ』シリーズ
まー、この企画は「秋葉原エンタまつり2005」の富士ミスのイベントで生まれたもの。思いつき、お祭り的なものなんで、突っ込むだけ疲れるような内容です。7人の作家のうち、読んだことのある作家が過半数を超えていたら、フトコロとココロに余裕のある人は買ってもいいかもしれません。『ROOM No.1301』と『まぶらほ』のファンの人は、比較的ふつうに楽しめると思います。

しかしどうせならリレー小説じゃなくて、クロスオーバーを書いてほしい気がするんですが、ダメですかねー。同人的なノリ&お祭り的趣旨としては、そっちの方がいいんじゃないかなー。その場合は、リレー体制ではなく、1人の作家が中心になって執筆しないと完成しなさそうですが。

ところでクロスオーバーの最古って、ルパン対ホームズでいいんでしょうかね?

テーマ:ライトノベル - ジャンル:小説・文学

タグ:ライトノベル  富士見ミステリ  

読者から市場へ『すぐに稼げる文章術』

すぐに稼げる文章術日垣 隆

ブログが流行った影響か、文章術についての本は需要が高いです。実際、うちのブログで本を紹介しても、文章術の本は購入率が高いです。これまで紹介してきた本はどれも、よりわかりやすく、より伝わりやすく、より上手く文章を書くための手引きでした。

しかしこの本は、まぁそういう文章作法的な話も載ってはいるのですが、基本的には文章をお金にする方法や心構えに重きを置いています。筆者の日垣隆氏が自分のサイトで有料メルマガをやっていたり、本以外の商品を売っていたりするため、「文章で稼ぐ」ことの説得力は確かなものがあります。
既存のマスメディアでも、「日刊ゲンダイ」は通販サイトを作り、読者にモノを買わせています。私もメルマガを通じ、これまでオーダーメイドシャツや塩や本棚や椅子などいろいろなものを売ってきました。私の場合、まだ小さい市場ではありますが、たとえ小さくても自分の市場を持っていれば、モノを売ることができます。
(略)
朝日新聞は購読者が800万人いると威張っていながら、その800万人の購読者名簿すらもっていない。購読者の名簿をもっているのは販売店です。こんなことは、モノを売る側にとっては異常なことだと知るべきでしょう。
(略)
サイトに日垣の本の注文が入ると、すぐに名前を検索してメルマガの定期購読者か否かを調べます。注文者が岡山の方でしたら、「岡山では昨日の台風はいかがでしたか?」など、何かしら個人に宛てた一文を添える。もし注文者がメルマガの購読者でなければ、メッセージとともに「よろしければ本が届くまでお楽しみください」とメルマガを2号ほどサンプルとして送ります。こうした工夫をするだけで、一度でも私の本を注文した人がメルマガの購読者になる割合は58%にものぼるのです。



マーケットを意識するトレーニングとしてのブログ

では、この本は文章で食べていく人以外には価値が無いのかというと、そうではありません。
そこそこの規模のブログを持っている人なら、アクセス解析やコメント欄での反応などから読者層の推定を行っているはずです。基本的にブログは無料でやっていると思いますが、初歩的なマーケティングに通じる行動といえます。

ボクもブログを割りと長いことやってますから、自分のブログでこういう話題を取り上げると、どれぐらいアクセスがあるかというのは大体読めるようになっています。ライトノベルの書評は人気が無いとかも、まぁわかるわけです(笑 発熱地帯ならではの売りもなく、踏み込みも浅い。出版やケータイ小説の「市場論」のほうがよっぽど人気が高いです。ただ、ボクが増やしたいのはゲームではなくてライトノベルなので、最近比率が増えているわけですね。「売りたい」商品と「売れる」商品の違いです(実際に売っているわけではありませんが)。

最近だと『薔薇のマリア』の紹介記事のアクセス数が飛び抜けてよかったのですが、これは単純に、『ウィザードリィ』と絡めた書評だったので、関心を引いたんでしょうね。うちのブログの読者層は、ゲームに関心があるファミコン世代の人が多いようなので、ふだんはライトノベルの記事をスルーする人の目にも止まったのでしょう(年齢構成を正確に分析する手段はありませんが、長いこと色々な記事を掲載していれば、大雑把な読者層は感覚的に掴めます)。

アフィリエイトをやっていると、さらに市場を意識することになります。全体に占める比率でいうと、映画のDVDみたいにまったく紹介してない物が案外、売れるんですけどね。要はそのブログがポータル的に機能していたり、アマゾン内部でのオススメ機能が効果的に機能しているということです。ただ、商品1個あたりの売上は紹介している物が高く、書評の質がある程度判断できます。

「市場」をもつという考え方は、何も本に限ったことではなく、PC美少女ゲームの会社では自社サイトで通販している所が多いですし、ファンクラブを運営したり、購入後のアンケートを送るとファンディスクを送付するなど、ユーザーを囲い込む努力をしています。ユーザー向けのイベントに熱心な会社がいくつもあります。一方、コンシューマーゲーム機は市場規模の大きさや、既存の流通システムに大きく依存していて、あえて悪く言えば、かなり甘えているので、そこまで「売る」ことに熱心になりきれてないし、「市場」を意識できてない感じですね。

参考1
日垣隆公式サイト 「ガッキィファイター」

参考2
人の心を動かす文章術樋口 裕一

純粋な文章術の本としてオススメできるのはこちら。添削指導をしていた方だけあって、修正前と修正後の文章が載っていて、どこをどう直すべきか非常に明快で実践的な本です。

タグ:文章術  

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2006-12

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